「何か食べる?」
「いらねー」
「のども渇いて」
「全く」
「もっと面白いゲーム取って」
「こなくていい」
なまえの膝のうえから全く動こうとしないこのクソ生意気な子どもは、幼少期の僕そっくりだった。
何が起こったのか原因は未だ調査中であるが、気がついたらコイツは僕となまえの間で眠っていた。
乳を欲するような赤ん坊でもないくせに、眠る彼女の寝巻きの中にゴソゴソと潜り込んでいたところを現行犯よろしく、はっ倒されたのが始まりであった。
自業自得を棚に置いて、このクソガキがあまりにも痛い痛いと喚くものだから、あやすためなまえがコイツを抱き上げソファーに腰をおろしたところ、そこから動けなくなったのである。
「悟くん、⚪︎⚪︎モンだよ」
「興味ない」
「△△▲▲マンの方が好きだったかな」
「もうそんなの見ない」
なまえの部屋着をギュッと握りつつも、やはり自称五歳児。興味を抑えることが出来ず、背後の六十インチを振り返る。しかしどれだけチビでも五条悟は五条悟。意志は強く、しがみつくようにして、またなまえの胸もとに顔を埋めてしまった。
「そんなことよりさっきみたいに痛いとこ、よしよしして」
「はいはい、ごめんね」
テレビのリモコンを置いて、今よりも数段短髪の僕の頭を彼女の手が滑ると、その横顔が破顔一笑する。とんだエロガキだ。いや、僕なんだけど。女の好みは幼い頃から現在まで、一貫しているようである。
眉を下げて、困ったように首をすくめるなまえと目が合った。控えめに言って可愛すぎる。こんなガキんちょ、力ずくでどうこうしてもいいのに無下に出来ないところが、彼女の優しすぎる所以である。
通話を終えたスマホを置いて、僕も二人のいるソファーへと足を向けた。
「実物を見ないとなんとも言えないってさ。コイツ連れて今から高専行ってくるわ」
「そうだね。式神や呪骸の類でもないとしたら、本当に過去からやって来たのかなあ」
引き離されると察したのか、眼下のチビはなお一層強く全身を使ってなまえに抱きついた。下着をつけていない彼女の胸の形がくっきりと浮かぶのも構わず、拒否の意味を込めて首を横に振り、ぐりぐりと額をそこに押しつける。
「悟くん、痛いよ」
「痛くない。なまえも俺のことぎゅってして」
「はいはい、僕がぎゅってしてあげるよ」
年上に敬意を払わない教育のなっていないガキは、腕ずくでなまえから引き剥がし、一瞬で高専までトんでやった。
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結論だけ言うと、分からないと言うことだけがわかった。
術式はまだはっきりしないが、六眼を持ったガキんちょを野放しには出来ない。なのでこのことは極秘事項として扱い、コイツが何か判明するまで僕の管理下に置くことになった。
「うまいよ、なまえ」
「どうもありがとう」
ホント何様なのだろう。ダイニングチェアだと高さが足りないので、わざわざ彼女の膝のうえに座り、コイツはもぐもぐ堂々と食事を続ける。
「ごちそうさま」
「全部食べてくれたんだ」
「当たり前だろ」
お子様用の特製オムライスを頬張った幼い僕は、なまえの手を引いてまたしても同じようにソファーまで彼女を誘導した。
けれど先程と違うのは、その瞳はずいぶんと眠気をはらんでおり、五歳児の活動限界を迎えたからだと思われる。なまえの膝のうえに跨ると同時に、ガキんちょは彼女の胸にぽすんと身体を預けた。そしてなまえがぽんぽんと背中を叩くと、口先を尖らせ促されるがまま目蓋も落ちていく。
「この子、なんかさっきよりずいぶんと軽い気がするんだけど大丈夫?」
「いや、存在が薄くなってる」
僕もソファーへ駆け寄ると、赤子のむちむちさを残した小さな指先から身体が透け始めていた。多分僕らがどうこう出来るものではない。水の流れと同じように、きっと在るべき場所へ帰っていくだけだ。
「もうお別れなんだね」
なまえはそう呟くと、目を伏せ愛しげに子どもの僕の頭を撫でた。そのときの彼女は、とても優しい顔つきをしていた。
「そのうち会えるよ」
そう口にしたのは、僕でもなまえでもない。幼い身体が消えゆくさなか、閉じられていた僕と同じ色の瞳が、ぱちっと開いた。
「ようやく思い出したけど、オレの名前は悟じゃなくて、五条——」
最後まで聞こえなかったけれど、僕もなまえもなんとなく予感した。