「下手くそ」
 後処理のため背を向け、ゴムの口を縛る俺に女は言った。
 後ろを振り返ると、女こと苗字なまえは未だに素っ裸のまま、シーツ一枚すら身に纏わず、ただただ横になっていた。俺からすれば、ついさっきまで散々善がって喘いでいたくせに、何を今さらという感じである。
 それ以上は何も言わないため、俺はもう一度膝からベッドに乗り上げ、彼女のそばに寄る。そして先程からちっとも目が合わないので、儚げな目線の先は不明のまま、顔に掛かった髪を耳にかけてやった。
 すると苗字なまえは余韻が抜けていないのか、それだけでピクッと身体を震わせ、熱っぽい息を吐く。本当にどの口が、それを言うのだろう。俺のなかでも、一度燃え尽きたはずの場所からパチパチと何かが音を立て、熱を持ち始めるのを感じた。
「ん……、ふっ、」
 薄く開いたその場所に、まるで引力のように引き寄せられ、合わせた唇から舌を挿し込む。分かりきっていたことだが、すぐに彼女の口から甘い息と声が漏れた。
 紅くなった頬と、最中はさらに掠れるハスキーな声。華奢なのに柔らかい身体と、経験の違いを見せつけられるほど積極的に揺れる腰。そのわりにナカの締まりも悪くない。
 というか外見が好みだったのもあり、あの男のことを差し引けば、正直俺は過去最高に良かった。
 舌を絡めながら、女の横たわった身体を無理やり上向きにする。そして、腰の方から手を這わせて掬うように胸を揉んだところ、彼女は高い声を上げ煽るように身を捩った。指の腹が先端を掠った時には、無意識なのか俺の腕に縋る。マジで敏感すぎだろ。ホント堪んねー。このままでは俺の方が、抑えがきかなくなりそうだ。
「もう一回する?」
 唇を離して、見下ろした彼女に問う。しかし予想外に、苗字なまえは目線を下げたまま首を横に振った。
「……ガツガツしすぎ。そういうとこ」
 先刻の俺を批判した台詞に係っているのだろう。死んだあの男と比べられているのならば、年齢差のように努力ではどうしても埋まらない差となってしまった。印象としては最悪だ。
 けれど、俺に余裕がなかったのも紛れもない事実であった。途中からは快楽物質で頭が馬鹿になり、無我夢中で奥を押し上げて、ただただ自身の欲のままに彼女を攻めたてるようなセックスになっていたかもしれない。それならば反省すべきは俺自身か。
 のしかかったまま、自問自答を続ける俺の隙間から抜け出して、女は身体を起こす。そして背中を向けたまま、感情のない声で俺への言葉を紡いだ。
「私これから仕事だから、シャワー浴びてくる。服着たら、鍵は開けっぱなしで適当に帰ってもらっていいから。それじゃあ、さようなら。——っ!」
 一度もこちらを見ないまま、立ちあがろうとする彼女の手首を俺は掴んだ。抵抗する間も与えず力尽くに引き、後ろ向きのまま苗字なまえを自分の腕の中に閉じ込める。
 過去に誰のモノだったなんて関係なく、この女を今すぐにでも自分のモノにしてしまいたい。どこを見ているか分からない虚ろな瞳に、俺を映してほしい。今みたいに掻き抱くほど激しく、彼女から自分を求めてほしい。そしてアイツを想って涙を流したように、俺のためだけに泣いてほしい。
 瞬く間に膨れ上がり、勝手に破裂した感情に、もうあとには戻れないと思った。
「アイツが空けてった隙間、ちゃんと埋めてあげるからまた来てもいい」
 足の間に座らせ、腰を丸めて首筋へ顔を埋める。すると汗をかいたせいか、来たときよりも彼女の猫っ毛から、シャンプーの香りが薄くなった気がした。
「……勝手に上がり込んでくるぶんには、私知らない」
 この返事がNOだったら、骨の一本や二本へし折ってでも俺は女を高専へ連れて帰ったかもしれない。
 これが最後にならないようにと、俺は彼女のうなじへ口付けを落とした。
#02