「いい?五条くん。線香花火はね、最後まで残った人が勝ちなんだからね」
「おー」
「テレビゲームじゃないんだから、妨害行為のような無粋な真似はするなよ」
「しねーよ」
「さっきみたいに花火持って走り回っちゃダメだよ」
「だからしねーって」
「あと下手に喋りかけると、」
「しつけーな!」
「……ねえ、しゃがんでるの疲れてきたんだけど」
「ごめんね、硝子ちゃん。じゃあ、せーので火つけよ。いくよ、」
「「「「せーのっ!」」」」
地面に近くなったロウソクの火に向けて、私達四人はいっせいに手を伸ばした。
硝子ちゃんや夏油くんに見つかっただけならば、きっとこの花火セットは永遠に私の部屋のクローゼットの中で、眠りにつくことになっていただろう。だって、こういうことを企画するのはいつも五条くんだし、そもそも同級生みんなで楽しむには内容も中身も少なすぎる。
けれども五条くんは、甘い菓子折りの入ったお土産袋を可憐にスルーして「なんか良いもん持ってんじゃん」と、高専に戻ってきたばかりの私の手から、真っ先にそれを奪い取った。
ピョンピョン飛び跳ねたところで、私の指先すら届かない位置まで高く掲げられた幼稚な花火セットに、彼の興味は津々。知識としてはあるが、実物を手にするのは初めてだと、五条くんはとても楽しそうに笑った。
ほっこりする手土産を貰ったものの、任務はそれなりに大変だったので、本当はすぐにでもシャワーを浴びて、私も自室で休みたかったのだけれども。やはりと言うべきか、彼の行動は早かった。
寮から引きずり出されてきたであろう硝子ちゃんも夏油くんも、完全に部屋着だった。夏油くんに至っては、少し髪も濡れていた。可哀想に、花火の煙のにおいと汗でもう一度お風呂へ入り直しである。多分五条くんは分かっていない。
五百円出したら買えてしまう、決して中身も多くない小さな娯楽に対し、彼の熱意はとても大きかった。
一通り袋の中の手持ち花火を楽しんだあと、私達は最後に線香花火を一本ずつ手に持った。そして冒頭へと戻る。
今日のなかで一番小さく静かな花火は、パチパチと細く儚い火花を散らした。それが終わると、先っぽで膨らんだ橙色の火の玉が、低い音を立てながら静かに揺れる。
——さあ、ここからが勝負だ。
四人揃えばいつもはそれなりに、誰かしらが口を開いているのに、今は無言のままそれぞれが一点を見つめている。案外とみんな辛抱強い。というか体幹も強い。
昼間の熱気を残した生ぬるい風が吹き、木々が騒めく。と同時に中心のロウソクが朽ちて、一気に周囲が暗くなった。
ただしここには、濃い色の灯りが四つだけある。夜に目が慣れないままなので、まるでこの場に存在する私達四人だけの世界になったみたいだと、馬鹿げたことを思った。
「わっ」
けれどそれも一瞬で。音もなく最初に落ちていったのは、私の花火だった。それに続くように、硝子ちゃんの前からも灯りが消えた。当たり前で、たったこれっぽっちの事なのに、色んな感情を差し置いて寂しさだけが胸の上の方までわきあがる。
だから私は彼らを見た。残る希望は、五条くんと夏油くんだ。
かなり小さくなってしまったが、二人の火の玉はかろうじて儚い命を燃やし続けている。なんだかこの炎が消えた時には、全てが終わってしまう気がして「この時間が永遠に続けばいいのに」なんて言葉が私の頭をよぎった。四人で過ごす夏は、少なくとも高専生として過ごす、あと数年はあるはずなのに。
「「あ」」
だが物事に終わりは必ずやってくる。ジュワっと同じタイミングで橙は横に揺れ、二つの線香花火は暗闇へ散っていった。
しかしそれは予想外に、あまりにも他意的であった。きっと彼女の細足も、我慢の限界だったのだろう。二人の間でしゃがんでいた硝子ちゃんが立ち上がったことにより、彼らの線香花火は真横から風を受け、落ちたのだ。
「逃げろー」と、すでに走り出した硝子ちゃんを夏油くんは追いかけていった。きっとすぐに連行されてくる。彼女の逃げ足は尊敬するほど早いが、走る速度は人並み程度である。
消えてしまった線香花火を、私はバケツへと放り込んだ。あんなに任務で疲れていたのに、いざ始まってしまえば、みんなでする花火はあまりにも楽しくて、もう少し大きなものをコンビニで買い足して帰ってこれば良かったとすら思ったくらいだ。過ぎ去った時間がすでに恋しい。
「またしよーな」
同じ思いを持ったその言葉に返事をしようと思い、私は背後を振り返る。すると、わざわざ屈んで私を覗き込んだ五条くんは、顔を近付けそのまま唇にキスをした。
「う、ん?」
ただ押し当てられただけだったけれど、いくらかの余韻を残したまま、柔らかい唇が離れる。
星空の下、すでに背を向けた彼に「どういうこと」と問うと「そういうこと」という返事がかえってきた。
つまり、どういうこと?