「明日から三日間出張なんだけど、なまえはどうする?」
「え?」
「いま一年みんな居ないんでしょ。一人教室で自習してるだけなんだったら、僕と一緒に来てもいいよ」
 珍しく僕が招くより前にベッドへ寝転び、年頃の女の子らしくSNSに目を通す小さな背中に問う。僕なら片手で一周するスマホを、両手で握るなまえは身体を起こし、こちらへ向き直った。
「お邪魔にならないですか」
「うん、全く」
 そう告げて頷くと、少女の表情がパァっと一段階明るくなった気がした。任務先についてや出発時間、あとはタイムスケジュールに、自分が付いて行くにあたって連絡すべき所など、彼女の口から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
 その問いに答えながら僕もベッドへ潜り込んだのだが、興奮気味のなまえは起き上がったまま、なかなか一緒に寝転んでくれない。それもそれで可愛らしいのだが、時刻は深夜一時を回っており、僕もわりと疲れていたので今夜はすぐにでも眠ってしまいたかった。
「昼前にしか出ないんだから、全部起きてからにして」
「……ごめんなさい」
 細い手首をとって促すように引くと、なまえはおずおずと僕の胸元へ擦り寄ってくる。それを抱き込むようにして腕を回し、リモコンで部屋の灯りを消した。すると数分後には、腕の中からスースーと穏やかな寝息が聞こえてきた。
 ああ、そうだった。帰宅したときからなまえの目はとろんと微睡んでおり、すでに眠気を堪えていたのだ。シャワー前に先に寝ててもいいと命じたのだが、健気にも彼女はベッドの上で起きて僕を待っていたのである。
 あんな言い方をしなければ良かったと思いながら、僕も眠りに落ちた。



 目覚めてすぐ、となりの彼女を揺さぶり起こす。起き抜けはいつもぽやぽやとしているのだが、朝にしてはわりとしっかりめのメニューがダイニングテーブルの上に並んだ。昨晩帰宅した僕が食べるかもしれないと思って、仕込んであったのだろう。そういう気だけは、利きすぎる少女である。
 朝食が済んだその頃には頭も冴えてきたのか、僕の部屋から持ち出したキャリーケースを引いてなまえは一度自室へ戻っていった。三十分ほどで帰ってきたのだが、まだ詰め足らないのか彼女は再びここでもバッグを開けて、この部屋に置いてある衣類や基礎化粧品などもパッキングしている。まだ時間があるので、僕はコーヒーを飲みながら彼女のそんな様子を眺めていたのだが。
「最近はアメニティも充実してるし、ほとんどの所で寝巻きも借りられるから、そんなに持っていかなくていいと思うけど」
「!そうなんですね」
 任務同行というのが建前であり、なまえも基本は制服での移動だ。だからその羽織ものも可愛らしい部屋着も、わざわざここから持ち出す必要は全くない。
「帰りはお土産も入れなきゃいけないから、ちゃんとスペース確保しときなよ」
「いつも皆さんに頂いてばかりなのに、すっかり抜け落ちてました」
 女の支度は長いというが、なまえも例外ではなかった。あれやこれやと出して入れてを繰り返し、あとからの僕が荷造りを終えても、まだ納得がいっていないようだった。しかしその背中は、悲壮感漂うものとは程遠い。
「なんだか楽しそうだね」
「はい、こんな風にさとるさんのお仕事に、ご一緒させてもらうのは初めてなのですごく楽しみです」
「大いに学びな」
 ぽんぽんと頭を撫でてやると、なまえはまなじりを下げてまた嬉しそうに笑った。先ほど口にした土産の事もそうだが、僕の都合で任務に出さないというのは、彼女にとって少なからず周囲から置いてきぼりにされているような思い込みがあったのかもしれない。
 だからと言って規約を変えるつもりはないのだが、これからはもっと色んなところに連れ出してやろうという気にはなかった。
 さて初日の祓除は、人払いの関係で日が落ちてからの予定だ。帳の必要もないと聞いているが、なまえに敢えて下ろさせようと思う。
 ここから数時間は、ただただ退屈な移動が続くだけであるが、なんだか僕も楽しくなってきた。
Crescent moon @