就寝前に、取り留めのないような今日あった出来事を話していただけなのに。彼は時々こういう風に、とてもさみしいことを言う人だった。
向かい合ったまま私が何も返せないでいると、顔を寄せられ額に口づけが落とされる。不安に思う気持ちが表情に出ていたのだろう。離れたあと、困ったように首をかしげる彼と視線が重なった。
「……それでも私より長生きしてね」
だから、なるべく明るく取り繕ったつもりだったが。私の声は誤魔化しようもなく震えていた。顔も上手く笑えている気がしなくて、隠れるように彼の胸元に擦り寄る。
「努力はするよ」
私とは反対に、彼の言葉はとても柔らかかった。そのまま髪を撫でられると心地良くて、抗えぬまま目蓋が落ちていく。
「うん、お願い」
だから眠ってしまう前に、私は彼の逞しい背中に腕を回すことにした。
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夜中ふと目を覚ました。暗闇に包まれながら瞬きを繰り返していると、私はひどく喉が渇いていることに気付いた。
キッチンへ向かうため、寝返りを打って身体を起こす。すると寝汗もかいていたのか、寝巻きの隙間から外気によって皮膚が一気に体温を失いだした。
途端に、なにか嫌な予感が胸をよぎる。無理矢理心の奥へ封じ込めた良くない記憶をフラッシュバックするような、どうしようもない不安感だ。連動するように心拍も異常な速さで脈打っている。
胸を押さえながら、もう一度ベッドへ倒れ込んでうずくまってしまおうと思ったのだが。今晩はひとりじゃなくて、隣に彼が眠っていることを思い出した。起こしてしまわぬよう、私は自分の両手を握りながら努めて深呼吸を繰り返す。
そして酸素が肺へと送り込まれる感覚を意識しつつ、視線を横へと流した。室内は真っ暗だったけれども目が夜に慣れてきたのか、真上を向いて眠る彼の白髪と輪郭を私は捉える。
しかし寝息が聞こえなくて、隣で目を閉じている彼の左胸に、私は慌てて耳を寄せた。するとすぐ、ドクン、ドクンと心臓の鼓動が響いた。きちんと胸も上下に動いており、鼻と薄く開いた口からちゃんと呼吸もしている。
気が動転した私のただの勘違いだった。けれども、彼がこの瞬間生きているということを実感して泣きたくなった。寄せたままの私の横顔に彼の体温がうつっていく。
『今夜当たり前に、彼はここに生存し続ける』
そう思えるようになった頃には、私の心音も通常通りに戻っていた。
学生時代の彼はもっと警戒心が強くて。私が目覚めた時に、彼が眠っていることなんて一度もなかった。唯一の親友と決別してからは、後進育成だと言いつつも彼の危険を顧みない性格には拍車がかかり、年々彼自身のなかで自らの命の価値が希薄になっている気がしていた。
そして私の前でも時より発せられる「僕じゃなくてもいい」という言葉には、いつも怯えている。そのうち私に向けても告げられるのではないかという不安は常に付き纏い、そのことを思うたび胸が苦しくなる。
彼にはもっと自分の命を大事に扱ってほしい。他ではなく、自分を何よりも優先してほしい。その結果、私も含めた全てが滅ぼうとも。
「私は——」
語尾が真夜中の空気へと消える。眠り続けているからこそ、彼にたくさん伝えたい想いがあるのに、しゃくりあげてしまい、これ以上言葉が続かなかった。