「じゃあ行くね」
「はい、お気をつけて」
 玄関先で膝を曲げた五条さんは当たり前のように、見送りにきた私へと触れるだけの優しいキスをする。時間にして半日ほど共に過ごしただけだが、彼が触れ合いを積極的に好む人間なのだと私は知った。
 時間のこともあり身を引こうとすると、五条さんはもう出掛けると自分で言っているのに、そのまま私を自身の腕の中へと閉じ込めてしまう。しかし最初の時とは違い、私が拒まないことを知っているので、いつでも抜け出せるくらいの力加減だ。
「シチュー、お世辞じゃなく本当においしかったよ」
 彼が屈託のない笑顔でおかわりと言ってくれたおかげで、鍋の中身は空っぽになった。それに煮詰まったせいもあるのか、自分で言うのもなんだが、昨日よりも甘みが増してさらに美味しいシチューになっていた。
 他でもない五条さんに褒められたことが嬉しくて、素直にお礼の言葉を告げる。
「ありがとうございます」
 昨夜すでにこの人の肌のぬくもりを知ってしまったので、多少の物足りなさを感じながらも、私もわかっていて広い背中へと手を回した。出発時間も遠に過ぎているのに、全くずるい人だ。
「あとさあ、普通に流されたけどさっきの返事は?僕はなまえのこと恋人になってほしい意味で好きなんだけど」
「だって五条さん、昨日まで私とろくに話したこともなかったじゃないですか」
 私が恨みがましく彼を見上げると、あちらも拗ねたように口を尖らせていた。もう目隠しをしてしまっているが、私を非難するように見下ろしていることもわかる。
「だから言ったじゃん。なまえのこと、ずっと可愛いと思ってたって」
「だから可愛くないですって」
 結局今の私では彼の言葉が本当か嘘か見極められないので、憧れていましたと白状したのだが。その程度のことでは納得してくれない五条さんは、なかなか私を離してくれなかった。
 だから折衷案という形で、また日を改めてシチューをご馳走するという約束を、私は彼にさせられてしまった。目当てはそれだけじゃないけど、と付け加えられさらに赤面する。
 しかしこんな強引さを許してしまえる時点で、私はもう充分に五条さんのことを愛してしまっているのかもしれない。
#オマケ