(五条)

 ナマエも高専内に部屋を借りていると知ったのは、伊地知との会話の最中だった。
 僕が「そうなんだ」って言って意外そうな顔をすると、伊地知は明らかにやってしまったという青い表情を浮かべた。馬鹿だなあ、そんな反応されたら尚更行くしかなくなるでしょ。僕以外に周知されてたって認識はムカつくけど、思い返せば最近忙しすぎてナマエとはろくに顔を合わせていなかった。これは良い機会である。
 僕は「それじゃ」と、耳よりな情報をくれた後輩に向かって片手をあげた。善は急げで、久々の再会にどんな反応するかなあとか、今日はどうやって抱いてやろうだとか、想像するだけでワクワクが止まらない。
 伊地知は後ろで何かを叫んでいた気がするが、僕知ーらない。今日の分の仕事は終わったし、今からナマエの部屋に、楽しい楽しい突撃お宅訪問だー!
 


「ナマエちゃーん」
 借りている建物さえ分かれば部屋番を探ることなんて、僕にとっては室内でなくしたスマホを探すことよりも容易である。
 とりあえず出張土産だった焼き菓子片手に、僕は彼女の部屋を訪ねた。家族みたいなものだけど、一応礼儀としてノックもしてみた。けれど返事がない。
 しかし目を凝らさなくても、室内を動くナマエの呪力は透けるように見えている。いつもより小さい気もするが、僕よりは三十センチくらい背も低いし、オフの日は省エネでこんなものなのだろう。とにかく居留守を使っていることはバレバレだ。
「えいっ」
 ドアノブを力一杯捻ると、バキッという音が鳴って、入り口のドアは僕を歓迎するかのようにそのまま開いた。
 一応言っとくけど、片手だよ?高専の建物基本的に脆すぎでしょ。修繕費は当然僕が払うが、素直に出てきてくれないナマエが全部悪い。
「おっ邪魔ー」
 さて、ひとつ扉を開ければもう住空間である。ほとんど学生寮と変わらない狭い部屋のつくりなので、セカンドハウス的な意味合いで借りる術師も多いみたいだけれど、ナマエは僕と同じく住居として移ってきたようだ。家具家電が一通りそろっており、シンクに置いたままのマグカップとか、出しっぱなしの化粧品なんか見ると、すでに生活臭溢れる部屋になっている。
 で、肝心の家主はというと——。先程から動き回る呪力源に僕は目を向ける。
「ナマエ?」
「ニャー」
 なんとまあ、愛くるしい姿になったのだろう。ナマエは常に可愛いけれども。
 いや、そうじゃなくて。この白ネコ、式神じゃん。
 僕、ガチの不法侵入しちゃった。

 学生寮では勉強机として各部屋の備品になっている物も、ナマエの手にかかれば、左右に化粧道具とスキンケア用品がびっしり並べられていて。壁に向かって立て掛けられたLED搭載の大きめの鏡を見れば、ドレッサーとしてジョブチェンジしたことが明白であった。
 キャスター付の椅子を引いてそこへ腰掛けると、あまりの懐かしさに僕も力が抜ける。僕は机に向かってお勉強というタイプではなかったが、四年も同じ部屋に居た訳だから、なんだかんだ座っていたみたいだ。
 さて、どうしよう。ナマエいつ帰ってくるんだろ。スマホをポケットから出してみるけど、サプライズ的なことを思うと、なんだが勿体なくて。意味もなくアイマスクを引っ張ったり、離したり。そんなことをしていた。
「ミャー」
 すると式神のネコがベッドを経由して、机まで飛び乗ってきた。その衝撃で真ん中に置きっぱなしになっていたナマエの化粧品が何個か倒れる。とっさに手を伸ばしたが、大きなスキンケアボトルだけ手におさまって、他は全部指をすり抜けて床にコロコロと転がった。
 式神は知らん顔だ。まるで本物のネコのようである。そうなると結局僕が拾わなきゃじゃん。拾うけど。 
「何してくれてんの」
「ニャーン」
 この態度、謝っているとはとても思えない。
 仕方なくコイツの尻拭いをして、僕はナマエの細々としたメイク道具を手に取って、机の下から這い出る。すっげーダサい。
 いっそのこと消すつもりで、脅す意味もこめて手のひらを式神に向けると、こともあろうかコイツは赤い舌を出してそこをペロっと舐めた。
「え、なに?」
「ナゥ」
 ちょっと意味わかんなくて、こんなのハジメテで、さすがに僕もたじろいだ。
 ていうかよく見るとこの白ネコ、翠眼で鼻が高くてスラっとしててイケメンっていうか美人っていうか、つまり僕みたいじゃん。これが噂に聞く、親近感もしくはシンパシーというものだろうか。孤高な僕が知らなかった感情である。
 擦り寄ってきた身体に指を添えると、式神のくせにモフモフしていた。あーヤバい。すげーカワイイ。ナマエが作った式神なのだから、ナマエが擦り寄ってきたと考えても良いだろう。
 それに式神を使うには、呪力操作の他に想像力が大切になってくる。それが僕そっくりのネコって。はっはー、あからさますぎるけど、ナマエやっぱり僕のこと好きすぎるでしょ。
 うっとおしくて消してやろうとさえ思っていた存在が、めちゃくちゃ愛おしくなってきた。
「おいで」
 スリスリを続ける小さな存在を腕のなかにおさめようと、僕は手を伸ばした。

「そのジバ▲シィのリップ、七海に買ってもらったものなんだけど。五条は一体私の部屋で何してんの」
 目の前のネコちゃんが喋ったのではない。
 音もなく現れた(ドアが閉まらなくなったので、そのまま入ってきた)のは、呪力は眼前の式神と同じであっても、今度は寸分の違いなく本物のナマエだった。
 彼女の言葉に、僕は思わず右手に力が入った。多分持ってた口紅の容器ごと粉砕した。
「はあ?なんで僕の妻のナマエが七海にモノ貰ってんの?意味わかんないんだけど」
「私達ただの同僚じゃん!飛躍しすぎでしょ!それに不法侵入キメられて、化粧品漁られて意味わからないのは私の方だよ!」
「つまりセフレってこと!?僕達身体だけの関係なの!?」
「五条のこういうところが嫌なの〜!」
 何人かの術師や補助監督がこの階にいて、木造で扉を開けっぱなしての僕達の会話は周囲に筒抜けであった。
 ナマエの式神の白ネコは僕達の足の間を縫ってひょいとベッドへ飛び乗り、そこで身体を丸めた。のんきでいいな、コイツは。ナマエもこのくらい欲に素直で穏やかだったらもっと可愛いのにな。
 とりあえず見せつける趣味はないので、僕の部屋に移動してからエッチしよ。
Thanks 22222 Hit