(童話パロ 五条)

 むかしむかしあるところに、念願叶って子どもを授かった夫婦がいました。妻の妊娠がわかってからというもの、彼らは今まで以上に幸福で満ち足りた日々を過ごしていました。
 けれどある日突然、子を宿した妻は隣の魔女の畑で育つノヂシャを食べたくて堪らなくなります。理由は分かりません。次第に食が細くなり、やつれた妻は「ノヂシャが食べられなければ死んでしまう」と夫に懇願しました。
 このままでは、長年望んだ子の命も妻の命も絶たれてしまいます。夫は深夜、決死の覚悟で隣の敷地に忍び込みました。そして魔女の畑からノヂシャをひとつ摘み取ります。
「私の畑に入る者は誰だ!」
「すみません、どうかお許しを……!」
 夫から事情を聞いた魔女は、ある条件を突きつけます。それは妻にノヂシャを分け与える代わりに、子どもが生まれたら自分に渡せというものでした。
 夫にはとても了承出来るような内容ではありません。それでも妻はノヂシャが食べたくて仕方がないと泣き叫びます。
 どうしようもなくなった彼は渋々、魔女と理不尽な約束を交わすことにしました。



 それから数ヶ月後、妻はとても可愛らしい女の子を産みました。健やかに育つことを願い、二人はその子に『ナマエ』と名付けます。
 一度は崩れかけた幸せで穏やかな日々が続くように思われましたが、魔女が約束を忘れるはずもありません。
 彼女に同情心などなく、魔女は契約どおり生後間もない赤ん坊を夫婦から奪い去りました。そして今後誰の目にも触れさせぬよう、森の中に築かれた入り口のない高い塔に、閉じ込めることにしたのです。

 月日が流れ、母親へ成り代わった魔女に育てられたナマエは、塔の中でとても美しい少女に成長しました。ハッキリとした目鼻立ちは言うまでもなく、金を紡いだような長い髪がその美しさを象徴しています。
 しかし年頃を迎えようと、ナマエは塔の中以外のことを全く知りません。外の必要な用事は全て魔女が済ませる事になっており、彼女が「ナマエ、髪を下ろしてちょうだい」と言うと、編み込んだ長い髪を窓から垂らし、それをはしご代わりに、入り口のない塔へ出入りさせていました。
 
 そんなある日、ナマエは窓を開け森と空を眺めながら歌をうたっていました。
 彼女は魔女から、外の世界へ興味を持つことを禁じられていましたが、その魔女も用事のため数日間ここを留守にすると言い残し、出掛けて行ったばかりです。
 青空の下、本当は外へ飛び出したい彼女の羽を伸ばすような滑らかな歌声が、塔の外へ流れ出ていました。
「〜〜♪〜〜♪」
「上手だね」
「!」
 なんと。美しい歌声に惹かれ、森の中を散歩していた一人の男が、魔女が塔の中に隠したナマエを見つけてしまったのです。
 姿を見られることなど言語道断。ナマエは慌てて口を覆い、自身の長い髪で顔を隠しました。しかしすでに彼女の美しい声と姿に心奪われた男は、構うことなく少女に向けて言葉を続けます。
「僕は五条悟、この国の王子だよ。君の名前を教えて」
「……ごめんなさい、お母様から窓を開けてはならないと言いつけられていたの。バレたら叱られてしまうわ。このことは忘れて、早く立ち去って」
「そのお母様はどこにいるの」
「出掛けていて、数日は帰ってこないはずよ。だからお願い。知らなかったことにして」
「じゃあチャンスじゃん。美味しいお菓子を持ってるから、一緒に食べよう。この塔どこから入れるの?」
「ダメよ、許されないわ。怒ったお母様はとても恐ろしいの」
「大丈夫、全部僕がなんとかしてあげるよ」
 塔から出たことがないため、ナマエは今まで魔女以外の人間と話したことがありませんでした。しかし彼の言葉は、彼女に不思議な安心感を与えます。
「この塔に入り口はないの。これで登ってきて」
 ついにナマエは自らの長い髪を下ろし、悟を塔の中へ招き入れてしまったのです。



「今度はこうやって舌を出して僕のと絡めて」
「はあ……、んっ……」
 世間知らずのナマエが、外の世界の象徴ともいえる悟に心を奪われるのに、そう時間は掛かりませんでした。
 そして始めは楽しく話しながら、お茶やお菓子を嗜んでいたのが嘘のように、ナマエは悟との性的な触れ合いにどんどん溺れていきます。
「ねぇ悟、どうしてこんなところを触るの」
「僕と一緒に気持ち良くなる準備してんの。ナマエも痛いのは嫌でしょ」
「私キスだけで十分気持ちいいよ」
「もっとすごいの教えてあげる」
「ひゃあっ、あっ、やあ」
 くちゅくちゅと湿り気を帯びた音を立てながら、悟の指がナマエの秘部を弄ります。しばらくして、ふやけた指を彼女のまえに突き出すと、ナマエは潤んだ瞳で彼を見つめながら、小さな舌を伸ばしました。それを舐めとるのを見届けると、悟は満足気に口角を上げます。
「ねぇ悟、教えてほしいことがあるの」
「なあに」
 汗で張り付いたナマエの絹糸のような髪を顔から払いのけ、ほとんど脱げかけの衣服を取っ払いながら悟は答えます。
「王子っていったいなんなの?」
「……今度時間があるときに教えてあげるね」
 すでに柔らかいベッドに沈む彼女を囲い込むように、悟はナマエに覆い被さりました。

「また逢いにくるよ」
 言葉のあと、悟の柔らかい唇がナマエの額に触れると、彼女は気持ちよさそうに目を細めます。
 まぐわいを三日三晩続けたあと、悟は名残惜しくも城へと帰って行きました。
 しかし二人の逢瀬は一度きりでは終わりません。深夜魔女が寝入った頃を見計らい、ナマエは毎晩のように編み込んだ長い髪を窓から垂らしました。
 くいっくいっと二度、下から髪を引っ張るのが合図です。月灯りを頼りに悟が塔の前までやって来ると、ナマエはなるべく音を立てぬよう彼を引き上げます。そして彼が塔の窓枠に足を掛けると同時に抱きあい、二人は何度でも甘い夜を過ごすのでした。



「ねぇお母様、最近お洋服がきついの」
「近頃のお前は、よく食ってよく寝るからね。そのせいじゃないの」
 そう言葉にしつつも、ナマエの手足は相変わらず細く、顔もそれほど丸くなった印象はありません。しかし魔女がよくよく彼女を見ると、不自然に腹周りだけが大きくなっていました。相手が誰にせよ、魔女にとってその理由は容易に想像出来ます。
 激怒した魔女は、ナマエを問い詰めました。すると、嘘をつけないナマエはポロポロと涙を流しながら、母親だと思い込む彼女に全てを打ち明けてしまいます。
「やめて、やめて!」
「これは罰だよ!」

 その晩、何も知らない悟は同じようにナマエを訪ねます。しかし金色の長い髪は変わらず垂れ下がっているのですが、彼がいつもみたいに髪を二度軽く引っ張っても、なぜか今夜は返事がありません。
 不思議に思いつつも、悟はナマエの髪をつたい軽々と塔の壁を直角によじ登っていきます。すると途中で塔の上から引き上げる力が加わりました。月光が差す窓から室内へと悟は足を踏み入れます。
「お前がナマエの男か!」
 けれどそこに姿を現したのは、悟が愛しく想う少女ではなく、目を吊り上げとても恐ろしい顔をした魔女でした。彼は登ってきた髪の先を視線で追いましたが、そこにはただロープのように編んだ髪の束があるだけです。なんと魔女は切り取ったナマエの髪を下ろして、悟を塔に招き入れたのでした。
「んんっ、ふん!んーっ!」
 部屋の奥の方から聞こえる声に、彼は青い目を凝らします。布を噛まされながらも、暗闇のなかで必死に声を上げるのは、短く髪を切られたナマエでした。彼女は奥の柱に縄でくくりつけられ、身動きの取れない状態となっていたのです。
「ナマエの目の前でお前を殺してやる!そうすりゃ悲しみで胎の中の子も勝手に死ぬだろうよ!」
「可哀想に、今助けてあげるからね」
 一瞬のうちに移動した悟は、親指でナマエの涙を拭いました。慈しみのこもった優しい仕草です。
 一方無視を続ける男に、魔女の怒りはさらに増します。
「キィーー!!くたばれ!!」
 魔女は大きな刃物を悟の背に向かって振り下ろしました。しかし、なぜかそれはすんでの所で止まります。魔女が動きを止められている訳ではなく、刃物の切先が悟のところまで到達しないのです。
「もう大丈夫だからね」
 彼がそう告げたその時にはもう、ナマエの身体を縛り上げる縄は全て解かれていました。そして肩よりも短くなったナマエの髪をひと撫でしたあと、悟は彼女を抱き上げます。
 その途端、頑丈なレンガで築かれた塔が一気に崩れ去りました。魔女の断末魔が瓦礫に埋もれゆくなか、彼らにはひとつの塵すらつかず、悟はナマエを抱えたまま空中をゆっくりと歩きます。
 塔が倒壊するのを見届けたあと、二人は夜露で濡れる地面へと足をつけました。
「……夢じゃないのよね。一体どうなっているの」
「全部僕がなんとかしてあげるって言ったでしょ。ご褒美にちゅーして」

 そのまま悟はナマエを自身の城へと連れて帰りました。それからしばらくして無事双子を産んだナマエと共に、生涯幸せに暮らしましたとさ。
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