(五条)

 高専が誇る特級呪術師である五条さんが、祓除と副次的産物として請け負ったビルの解体から数ヶ月後。再建祝いにと、学長や五条さんレベルの人間から、当時担当の補助監督だった私までを含めた高専関係者数名が、立食パーティーに招待された。
 そこまではよくある話なのだが、会の当日がハロウィンの十月三十一日と重なったこともあり、招待状のドレスコードには仮装(軽装可)と記されていた。こんなおふざけ誰が参加するのだろうかと、鼻で笑っていたのだが。
「えーっ!私だけ行くんですか!」
「今後のお付き合いもあるから、無下に出来ないんだってさ。なんてったって仮装だからね。頼んだよ、若者!」
「確かに私が一番下っ端ですけど、若者ではないですよ!」
「アンタ去年のハロウィンは渋谷に居たんでしょ?」
「仕事で、ですから!」
 まさかこんな形で、厄介ごとを押し付けられる羽目になるとは。

 私はその晩、以前友人の披露宴で一度だけ着たラベンダー色のパーティードレスを、数年ぶりにクローゼットの奥から引っ張り出してきた。
 シースルーの袖に腕を通し、花柄のレースが基調となった少し長めの裾を自ら翻す。あれから数年、背中の肉付きは誤魔化しようもなく増したはずだが、きちんとファスナーが上まであがった事には一安心だった。
 けれども、二十代前半のまだ可愛げのあった頃の私ならいざ知れず、体型だけでなく年々太々しさが備わってきた今の私には、このデザインのワンピースは可愛らしすぎやしないだろうか。
 冷静な判断を下せるよう意識しつつも、完成形を想像しながら私はその服のまま髪を後ろで編み込み、最後は三つ編みにして縛った。
 この格好が某髪長姫を模しているだなんて口にしたら、同じく招待されていた先輩は腹を抱えながらの大爆笑で、伊地知さんあたりはさらに胃を痛めるかもしれない。
 改めて全身鏡で己の立ち姿を確認すると、自嘲気味に出た自身の渇いた笑い声が、一人きりの部屋に響いた。



 そんなこんなでハロウィン当日。新築の立派なビルの三十階地点までエレベーターで急上昇し受付を済ませたあと、私はクロークにトレンチコートを預けた。来賓はドレッシングルームも利用できるとの事だったが、私のコスチュームはそこまで本格的なものではないので、そのままの格好で立食パーティーの場へと向かう。
 そう、私は例の髪長姫の仮装で今日という日を迎えた。大人の仮装について、結局調べれば調べるほど何が正解か分からなくなり、恥を忍んで先輩に自撮り写真を見てもらったところ「常識的な格好だし、良いんじゃないの」と、至極真っ当な感想を貰った。
 さすがに髪だけはお店でセットを頼み、控えめに花の髪飾りを編み込みに埋め込んでもらったのだが、それがまあ予想以上の仕上がりとなり。口が裂けても言えないが、鏡に映った自分の姿にちょっとだけうっとりした。廃れたと思っていた私の中にも、物語のお姫さまに憧れたあの日の少女心が残っていた証拠である。
 カツカツとヒールを鳴らし、多少緊張しながら会場入りする直前。まるでハロウィンの幻想のような一瞬だった。
「ナマエ、だよね?」
 私は名前を呼ばれて後ろを振り返る。
 すると招待状のドレスコードを遵守し、かっちりとした黒スーツの上から襟付きマントを羽織った特級術師が、なんとそこには存在していた。
「!五条さん、どうしてここに」
 スタスタと長い足で私への距離を詰めながらニヤリと笑った口元からは、八重歯の位置に後付けであろう長い牙が姿をのぞかせている。黒の目隠しは相変わらずだが、きっと吸血鬼の仮装なのだろう。それを差し引いても、ただでさえ人間離れした五条さんの端麗な容姿が、ここへきて才能をフル発揮していた。
「来るつもりなかったんだけどさ。都内の仕事が思いの外、早く片付いてね。他の補助監督からナマエが代表で参加してるって聞いて、面白そうだから来ちゃった。可愛い格好してるね。ラプンツェル?」
 五条さんの言葉でポッと顔に熱を帯び、私は思わず両頬を手のひらで覆う。群像劇のヒロイン意識しつつも、あくまで私は世間一般的なドレスコードを守ったつもりだったので、面と向かってそれを言い当てられると恥ずかしくて堪らない。言葉が出ないまま、私は一度だけこくりと頷いた。
「……照れなくていいのに。それより僕の格好はどう?」
「五条さんは吸血鬼ですよね。スーツもマントも素敵だし、牙なんて本物みたい。何を着ても五条さん自体が様になるので、羨ましい限りです」
 自分の姿が上出来に仕上がったと浮かれたのが恥ずかしくなるくらいに、と心の中で付け足す。それでもちゃっかり左隣に位置取って、彼に見惚れてしまった時点で、私はすでに五条悟の術中にはまっていたのだろう。
 彼のエスコートで腰に手を添えられたまま会場へと足を踏み入れて「全員いい大人なのに案外みんな、はっちゃけた仮装してるんだなあ」なんて気の抜けた感想を持ちながら、彼と共にシャンパングラスを鳴らしたところまではしっかりと記憶がある。
「そりゃ、本物の吸血鬼だからね」
「え?」



 安易だった。実に安易だった。組み敷かれたベッドシーツは、冗談であってほしいくらいに質が良い。
「痛い……ひゃっ」
「オマエの血、濃くて美味しいね」
 背中のファスナーを下までさげられたあと、当然のように着飾ったドレスの肩をずらされ、私はそこに作り物であるはずの牙を突き立てられた。刺すような痛みに身を捩り、私の目尻には涙がうっすらと浮かぶ。
 両手で彼を押し返すのだが、びくともしない。かと思えば、労わるようにそこにねっとりと舌を這わされた。なんとも言えないくすぐったさに、私は再び身を捩る。
 五条悟といえば、現代最強の術師と呼ばれるほどの力を持ち、その美貌もさることながら、富も名声もほしいままにする男である。
 しかし現代社会において共に働く彼が、まさか本物の吸血鬼だったなんて!ここにきて、とんだカミングアウトだ。
「いつも淹れてくれる珈琲や紅茶は断然シュガーもミルクもたっぷり派なんだけどさ、血液に関しては僕って案外と苦党なんだよね。だから加糖はなし」
「ひっ……!」
 皮膚からじわりと染み出す血をちゅうっと吸い出される。きっとそのうち私の皮膚には、噛み痕とは別の鬱血痕が浮かんでくるのだろう。
「もう止め、ん……!」
 妙な声が出てしまうのは、この吸血と呼ばれる行為に対し、誤魔化しようのない快楽が生まれてしまっているからである。最初に牙を立てられた瞬間から毒が回っているように、脳が蕩けじわじわと身体が熱くなってきた。それに加え、まともな思考を放棄したくなるような浮遊感。
 吸血鬼の能力に、魅了というものが存在すると聞いたことがある。これがそうなのだろうか。
「ふわぁ、ゃっ」
「やみつきになりそう、なーんて」
「えっ!?」
 やっと肩口から五条さんが離れてくれたと思ったら、整った顔はすぐ私の目の前にあった。そして血色の良いツヤツヤの唇が私のそれに重ねられ、あっけなく咥内に侵入を果たされてしまう。
「ん、」
「〜〜!っ!」
 もう、やだやだやだ。泣き叫びたいのに拒めば拒むほど、熱い舌とともに私のものだった鉄分の生臭い味が口いっぱいに広がる。そして何度も舌を絡めとられ、私達の唾液が混じりあう。
 どのくらいの時間、そうしていたのだろう。血の風味が口内から消えたことで彼の気も済んだのか、余韻を残しながら長い舌がゆっくりと離れていった。その頃には抵抗する力も残っていなくて、ただただベッドの上で脱力する私を、五条さんの冷たい青が見下す。
「美味しくなかったでしょ。甘さも苦さも全くわからない。ただの血の味だ」
「……はい」
「ナマエもよく知っているように呪霊は当たり前に存在するけど、吸血鬼なんて空想の生き物はこの世にいない。僕はそういうの一切信じてないから」
 私を抱き起こしつつ背に手を回し、ドレスを本格的に脱がせながら彼は続ける。
「ったく、くだらない嘘に騙されてさ。ホント癪に障るわ。……でも反省してるみたいだし、せっかくのハロウィンだし、ここからはもっとイイコトしよっか」
 結局私の何が五条さんを不愉快にさせてしまったのかよく分からないまま、私はその晩彼に抱かれてしまった。
Thanks 1周年 Hit