世界は回る、僕だけを置いて
嫌だな。すっごく嫌だ。朝目覚めた瞬間に思う。窓から見る景色、テレビに映るニュース。今日も世間は昨日とほとんど変わり映えしない。自分だけが違う生き物になったみたいだ。
「どうしたのチャンミン、すごく具合悪そうじゃん」
迎えにきた車に乗り込んだら、僕の顔を見たユノヒョンにそう言われた。鈍感な彼にしてはなかなか敏感。だけど惜しい。
「違いますよ。具合じゃなくて、機嫌が悪い」
「機嫌?何かあったの?」
流れていく景色。ここもいつもと変わらない。変わらないことに苛立つ。
「まぁ、機嫌が悪そうな顔も男前だけど」
「そうですか?」
「ハンサムな顔はいつも変わらないよ」
そうだ。僕はただ思い込んでいるだけかもしれない。ヒョンの言う通り、僕は変わっていない。この目に見えるすべてがいつもと同じように、僕自身も昨日の僕と同じ。
その証拠に朝から平常心を保てている。
勝手に息が上がったり、集中力が散漫になることもないじゃないか。やっぱり僕は僕のまま、変わらないんだ。
精神を整え、自己を保ち、意気揚々と車を降りようとした。その時、いきなり外側からドアが開かれた。
「チャンミナ、あんにょん!」
せっかく整えた精神がぼろぼろと音を立てて崩れ落ちていく感じ。
僕はしばらく目を見開いたまま、ヒョンに背中を小突かれるまで少しも動けなかった。
「お、○○○あんにょん」
「あんにょん、ユノヤ」
「出迎えてくれるなんて嬉しいなー」
ただの仕事仲間。顔を合わせる度に互いを罵り合うような関係。馬が合わないのだと思っていた。そういう人間もいると。それなのに。
「チャンミナ」
「え?」
「何で無視するの」
無視なんかしていない。ただ答えなかっただけ。
いつもの調子でからかっても、どこか語気が弱い。君の表情が少しでも曇ると、途端に口が重たくなるせいで。
「これ、前に言ってた漫画」
「あー何だっけ…」
「お薦めの漫画ない?って聞いたのそっちでしょ。だからほら、持ってきたの」
重みのある紙袋を持たされる。何十冊入っているのか、かなりの超大作らしかった。しかしこれだけ重量があるものを運んでくるなんて。
「よくこんなに持ってきたね」
「一気読みしたいかなと思って」
「僕が気に入るとも限らないのに?」
好みじゃなければ1巻で終わり。素直に礼も言えず憎まれ口を叩いた。もう癖だ。今更「ありがとう」なんて、言えるはずないじゃないか。僕たちは犬と猿。噛み合わない関係だったのだから。
「じゃあ面白くなかったら、ユノに渡して」
「…ユノヒョンに?何で、」
「チャンミンの後に貸して欲しいって言われたから」
じゃあね。って、淡泊な声を残して君は通り過ぎていく。去り際を無意識に目で追った、その隙を突かれた。
「あ、ねえ。ここ」
振り向きざまに君の指が僕の唇に伸びる。
「歯磨き粉ついてるよ?」
何も返せないまま、ヘラヘラと笑う君を見送った。
以前の自分なら、言われっぱなしで終わる人間ではなかったはずなのに。
心臓の辺りがむず痒い。あーあ、また始まった。
いくら僕が息苦しさを感じようと、この世界は変わらない。
嫌だな、すっごく嫌だ。
眠りに落ちる寸前に思う。
明日もきっと、この世界は僕だけを置いて行く。
| back |