悪い夢の中で会おうね

愛する人はどんなことをしても守ってやりたい。もちろん自分を犠牲にしても、友達から非難を浴びても。それに将来子供が生まれた時だって、1番に愛しているのは「ママだよ」と言うだろう。大切なものに順位をつけるものじゃないかもしれないが、どうしたって何よりも優先してしまう。そうしたいと思わせてしまう。それが、俺の愛する人。
神様に祈る時もそう。
君は常に幸福を。少しの不運も与えない様、どうかお願いします。いつも健康で、豊かで、笑顔であるように。
そうあるものだと思っていた。
だけど、今になって気づいたんだ。自分が純粋に祈りを捧げられるのは、相手の心を手に入れた時だって。

「ユノヤ、眠れないの」

深夜に君からメールが届く。誰もが持てるアドレスで。
電話番号も教えてくれない。流行りのツールで繋がることも、かわいいスタンプを送ることもできない相手。
だから引きずられる。

「今から行くよ。待ってて」

愛して愛される関係だったらどんなに足が軽かっただろうと思う。その時していたことを躊躇なく放り出して、真っ先に駆けつけるだろう。自分が必要とされている、頼りにされていることを誇りに感じて、自分じゃなきゃダメなんだと自覚させられる。
君も必要としてはくれるのだろう。
眠れない時の、精神安定剤のような存在として。
誰かが利用されているんだと言った。そんな相手からはさっさと離れた方が良い。本気で手に入ると思っているのか?とも。
みんなが目を覚まさせようとしてくれる。だけど俺はとっくに覚めているんだ。

未施錠のドアから部屋に上がり込む。
今夜もここは冷たく、しんと静まり返っている。

「***」

通い慣れた寝室。大きなダブルベッドに横たわる小さな身体。そうやっていつも余白を持て余している。

「ユノヤ」
「ごめん、遅かった?」
「ううん…いいの。それよりこっちに来て」

君は俺をベッドの淵に座らせ、この肩に身体を寄り添わせた。

「冷たいね、身体。外は寒かった?」
「寒かった。温めてくれる?」

ふわっと甘い香りを纏った両腕が伸びてくる。温もりを分けてもらおうと、君の背中に背中に腕を回した。

「このまま朝まで一緒にいて」
「帰ってくるかもよ?」
「大丈夫」

穏やかな顔をして君は目を瞑る。
そのままベッドの上へ、深い眠りにつくまで静かに寝かしつける。
これが自分の物だったら、不純な思いなど一欠けらも持たずに願うだろう。
おやすみ、良い夢を。夢の中でも笑顔であるように。

だけどそうではないから。きっとこの先も、そうなることはないから。

「おやすみ、***」


俺はこう願わずにはいられない。
悪い夢の中で会おうね。



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