君の唇は苺と似ている

「ユノは本当に出来た男だよな。俺が出会った中でも1番だよ」
「ちょっとほめ過ぎじゃないですか?あははっ」

この世界を夢見て、この世界で生きて行こうと決めてから、謙虚さを忘れずにいようと決心した。
座右の銘は初志貫徹。笑われてもいいからがむちゃらに真っ直ぐに、曲がったことには応じない。
後輩が多くできた今でも自分のポリシーは変わらない。誰にも変えられない。

「全然ほめ過ぎじゃないよ。むしろ言い足りないくらいだ。なぁ、そう思うだろう?***」

「ええ本当に」彼女は赤い唇を緩くカーブさせて頷く。
ドラマで世話になった監督と、彼女と。たった今、ホテルの最上階にあるレストランで食事をしてきたばかりだ。
店を出てすぐ、彼女の白い指がこの唇に触れた。ソースか何かがついていたらしく、恥ずかしさもあって「すいません」と目を逸らした。
エレベーターで地上を目指す最中。
一部がガラス張りになっていて、ソウルの夜景が見下ろせる。何度も目にしてきた光景だけど、今夜はいつも以上に綺麗に映った。

「あ、やばい。携帯を置いてきたみたいだ」

10階まで来たところで監督が忘れ物に気づき、慌てて階数ボタンを押した。

「先に行っててくれ。俺はここで降りて上に戻るから」
「一緒に行きますよ」
「いいよ。無駄足になるから。下で落ち合おう」

僕と彼女を残し、監督は1人でエレベーターを降りていく。
分厚い扉が閉まって、再びエレベーターは動き始めた。
地上まであと僅か。タイムリミットのように感じ始めたのは、思いかげず2人きりになってしまったせいだ。

5、4、3…。

通り過ぎていく階を目で追いながら、ポケットに入れていた手を抜き出して、そっと彼女に近づけた。

「ユノ」

手の甲に触れた時、彼女が小さく名前を呼ぶ。
それは威嚇なのか、誘惑なのか。

「わかってるよ」

僅かな時間の触れ合いは、厄介な心残りを生み出すだけ。
それでも指を掴んだ。柔く握りしめてしまった。
この2人に与えられた時間は、神様がくれたものだ。そう思ったら手を伸ばさずにいられなかった。

2、1。

扉が開くと同時に歩き出した彼女を阻んで、もう1度扉を閉めた。
目指すは最上階。

「やっぱり監督を迎えに行こうか」


タイムリミットを引き延ばす。
そうすればきっと、その赤い果実に触れられる。


| back |