いっぱい生きるきみが好き カチャカチャと不格好に音を立ててフォークとナイフを動かす豊の姿を眺めて、思わず信史の顔には笑みが浮かぶ。駅前にできたカフェのパンケーキが美味しそうだから一緒に食べに行こうなんて、お前は女の子かと突っ込みたくなるような豊の誘いについてはきたものの、どうやらフォークとナイフを使って食べるというこの洒落ついたスイーツは彼にはまだ少々早すぎたらしい。
「おいしい!信史!おいしいよコレ!!」
両手に食器を握りしめたままの満面の笑顔が信史の視界に現れる。そりゃあよかった。にっこりと笑って見せると何かが気に障ったのかむっと豊が唇を尖らせた。
「なんだよ信史、なんか俺のこと馬鹿にしてない?」
「いやいや、俺はただ随分幸せそうだなぁと楽しく眺めてただけだよ」
「それが馬鹿にしてるんだって!」
片方の頬を膨らませて不満げな顔を見せる豊に信史はくつくつと笑いを漏らす。豊の姿を見ていると色々な負の感情がどこかへ飛び去ってゆく気がする。それが馬鹿にしている、と彼に捉えられてしまうのならそれはそれで弁解する気もないが、しかし豊の存在がただ信史にとって掛け替えのない大切なものであるということは事実だった。
「なあ豊」
「なぁに、信史」
豊の手元では再び食器がカチャカチャと音を立てている。上手な使い方、そのうちこいつに教えてやらないとな。いくらなんでも女の子とのデートの時にこんな食べ方したら、もうそれだけでジ・エンドってもんだろ?
「叔父さんがな、死んだんだ」
喧しく鳴っていた食器の音が止んだ。大きな目を丸めて豊は信史を見上げる。
「叔父さんって、あの叔父さん?」
「他にどの叔父さんがいるのかは知らないが、俺がいつも話していた叔父さんだよ」
途端に豊の眉が悲しそうに下がる。気まずそうに口内のパンケーキをもぐもぐと咀嚼して、やがてごくんと喉が鳴った。
「事故だとかなんだとか言われたが、叔父さんがそんなダサい死に方するわけないだろう。大方政府の奴に消されたんだろうよ」
「……そっか」
「だからさ、誘ってくれてよかったよ、今日。お前を見てるとなんだか元気が湧いてくるからな」
一瞬きょとんと首を傾げ、暫くして豊はにこりと、笑った。
「よくわかんないけど、それは嬉しいな。俺、将来何になるかはわからないけどさ、落ち込んでる人に元気を与えられる人になりたいんだ」
「なれるよ。お前ならきっと」
ありがとう。笑いながらまた豊が食器を動かす。皿の上でカチャカチャと不格好な音が鳴り響いた。
パンケーキを一口サイズに切り離し、左手のフォークで刺すとそれを口に運ぶーーーかと思われた左手は信史の想定とは全く逆の方向へと動いてきた。
「なんだ、そりゃ」
「悲しいときはさ、おいしいもの食べると元気出るんだ。信史はいつもカッコいいけど、信史だって悲しいときは悲しいに決まってるもんね」
「……おい豊、お前には俺の前にある皿が目に入らないのか?お前と俺は同じものを注文したんだが」
「あっ、そっか」
こりゃ盲点だった。右手のナイフを離して頭を掻きながら豊が笑う。つられて信史も、くつくつと笑いを漏らした。
豊は、馬鹿だ。身体だってそんなに強くないし、お世辞にも将来有望なんて評価はつけられないだろう。けれど豊は自分なんかよりよっぽど人間として大切なものを持っているような気がしたし(それがなんなのか、まだ自分にはよくわからないけれど)信史にとってはそんな豊が他のどの生徒たちよりも、眩しかった。だからこういう豊のような人間が豊のままで、毎日を平和に安心して生きてゆける世の中を、自分は作らなければならない。左耳のピアスを撫でながら信史は、心の中でそっと唱えた。だから叔父さん、俺は戦うよーーー。