彼の第一印象は、と誰かに聞かれたら
ヒーローです。と私は間違いなく答えるだろう。
その日は残業があり、定時を大分過ぎた午後9時頃の帰宅だった。
毎日そうではないけど、月に数回はやって来る残業なので夜道に不慣れなわけじゃなく。
けれどもその日はいつもと違って、閑静な住宅街にピリッとした緊張感が漂っていた。
「(嫌な感じだな…)」
特に第六感が鋭くもない自身の勘が告げているのだから、きっとこの場から離れた方がいい。
そう判断した時にはもう手遅れで。
目の前に突然現れた男が鈍く光る刃物を持っている姿を認めてしまい、私の全身から一気に血の気が引いた。
「こんばんは、お嬢さん」
お嬢さんって言われる歳でもないんですけど。
なんて軽口を叩こうにも、ニタニタ下卑た笑みを浮かべる男とその手に収まる獲物の禍々しさに、顔が強張り言葉も出ない。
私の足が根付いたように動かないのと反対に、一歩、また一歩と着実に距離を詰めてくる男。
もしかして、私は今ここで死んでしまうのだろうか。
その直感を肯定するかのように男は口の端を大きく持ち上げて、手を大きく振りかざした。
お願い、誰か助けて
死を予期して数秒。けれど何の衝撃も襲ってこない違和感に、固く閉じた眼をゆっくり開けると
「おい、大丈夫か?」
肖像のように氷漬けになったあの男と、それをやってのけただろう紅白頭の少年が立っていた。
インカムで誰かと連絡を取る轟。
硬直していた身体から一気に力が抜け、膝から地面へ崩れ落ちた。
「っ、どうした、怪我をしたのか!」
「よ、よかっ、もう、駄目かと思って…」
安堵してわんわん泣きじゃくる彼女に、頭をポンポンしてあげる。
「怖かったよな。よく頑張った」
その掌の温かさに気を許してしまい、それから後援のプローヒーローと引き渡しの為に駆けつけた警察官が来るまで、涙は止まることがなかった。
「ごめんね、あの、君は…」
「俺はショート。インターンのヒーローだ」
「へえ、若いのに凄いんだね」
「助けてくれてありがとう、ショート」
子供っぽいというか、感情がストレートに表に出るタイプ。
その後ショートは犯人を連行するのに着いて行き、真紀は駆けつけた別の女性ヒーローに家まで送ってもらった。
インターンだと言っていた彼がプロになった暁には、きっととんでもない人気になるだろうな。
そんな事を考えて。