小さなことからコツコツと。
それを繰り返して繰り返して、僕たちが今に至ると思ってる人がいる。アイドルに成るべく、僕らが子供の頃から血の滲むような苦労をしてきたのだろうと。

でも、現実は全く違う。

僕らは『何か』に強く引っ張られるようにしてここまできた、と思ってる。
…少なくとも、僕は。



スタジオでの収録を終えて、マネージャーの夏さんの車でキューブまで送迎してもらう。

その最中、ビルの壁面に埋め込まれてある屋外モニターにバンバン映し出される、歌って踊る僕たちの姿。

新しいアルバムを出すと、いつもこうやってプロモーションが激しくなって、輪をかけて街に出かけにくくなる。
おかげで僕たちの安らぎの場は今や自分たちの家…キューブとその中にある自室くらいになってしまった。

(5人でスタジオに入ってる時も、わりと落ち着けるけど…)

一般的な生活を送れなくなって、もう何年になるだろうか。
頬杖をついてカーテンの隙間からモニターを見つめる。
カメラ目線でモニター越しに微笑む神名瑞樹を目の当たりにして、僕はなんとなく不快になってカーテンを閉めた。


「どうしたのよ?自分たちの映像見るのがそんなに恥ずかしい?」


運転席から声をかけてきた夏さんに、僕は少しだけムッとして答える。


「まだ…なんというか、違和感が拭えきれてないんです」
「この業界入ってもう何年も経つのに?変わってるわね、あんたって」

(変わっちまうことが怖えんだよ)

頭の中で陣が舌を打ったような気がした。僕の代わりに悪態をついてくれるのはいつも陣の役目だ。
僕は夏さんの言葉に別段コメントも返すこともなく、手元のスマホを弄りだした。
亮介にメールする。


『早く帰りたい』


すると、間髪入れずにメールが返ってきた。珍しい。


『早く会いたい』


口元を隠す。
つい笑顔になってしまう。亮介の言葉はストレートすぎて、いつも逃げ場がない。
僕は逃げることを諦めて、両手を上げて降参することがよくある。今夜もそうだ。
キューブに帰って誰もいなかったら、亮介にキスしよう。なんだか、気分が浮ついた。

だけど、それでも、不意に思う時がある。

僕らがここにいる理由。
ここまできた理由。これた理由。
真哉さんにバックアップしてもらって、夏さんにしっかりマネージメントしてもらって。
アイドルグループ【BUCKS】は、順風満帆といえるくらいのキャリアを積んできた。
ドームツアーももうすぐ始まる。

大きな『何か』が、僕たちを引き連れ、そしていつか、大渦の中へ突き落とすのではないか。

そんな予感がしてたまらなくなる時がある。



僕らは『何か』に引っ張られている。
強く、強く。

いつかくるその大渦の正体を見極めることはまだできない代わりに、今はただ、5人で生きていくしかない。立ち向かうしかない。引っ張られるしかない。

僕ら5人の絆が解れてしまわないことを、僕は切に願い、恐れ、祈っている。


もう一度カーテンの隙間から、壁面モニターを見つめる。
僕たち5人が新曲に合わせて踊っている。
踊っているのか、踊らされているのか。僕にも本当はわからない。


「………」

再び画面から目を逸らし、僕は手元のスマホに視線を落とした。
そして、亮介に一言だけメールを返す。


『もうすぐ着くよ』


例え、『何か』が僕らを引っ張っているのだとしても。
『何か』の為に僕らが歩まされていたのだとしても。

僕らの絆は、いつだってそこにある。

それだけを、僕は。


……信じている。


ALICE+