「契約。してやるよ」


応接間の上座のソファに腰掛ける男の前。

陣は臆面もなくそう言い放った。

僕は陣の言葉を頭の中で反芻しながら、僕と亮介、さらにそのあとに続く志朗と湊の未来について、逡巡した。


だが迷っているような余裕はない。


選択肢もない。


陣も僕も亮介も。


本当は分かっている。


「君たちは?」


ソファの肘掛に肘を立て、頬杖をつきながら、男は陣の後ろに立つ僕と亮介に微笑む。返答を分かっていながら問い掛けるその性格の悪さに少し心がざわついたが、陣に続く。


「…よろしくお願いします」


僕が頭を下げると、隣にいた亮介も頭を下げた。


この瞬間、この春、僕と亮介、陣の3人が、この施設を出ていくことが決まった。


全寮制の私立高校、誠真学園の芸能科に通うことも。



そして僕たちが、『偶像』として生きることも。









「巻頭インタビュー、神名 瑞樹!だってさ!ねーこれもう2冊くらいない!?保存用にさぁ!」

「やめろ志朗。瑞樹の前で」

「えー。ていうか亮介くんだけズリィよー自分だけなっちゃんに買ってきてもらってさー。オレもこの本ほしいー!」


狭いロケバスの中。

女性誌をバサバサと振り回す志朗の頭を、後部座席の亮介が叩く。

頬を膨らませて反抗する志朗に、僕は苦笑いでもって返した。


「陣みたいにセックス特集って組まれたら、さすがに表紙は断ったけどね」

「あいつは嬉々としてたけどな」


僕の言葉に亮介が呆れ顔で笑う。

志朗が持つ女性誌の表紙の中では、僕が微笑んでいる。こうして見るとまるで他人のように見えてきてしまうから不思議だ。

志朗はペラペラと本をめくると、僕のインタビュー記事が掲載されているページをしげしげと眺め始めた。目の前にインタビューを受けた本人がいるのに堂々と読み耽る志朗の図太さが羨ましい。


「瑞樹くんが芸能界へ入ったキッカケを教えてください、だって」

「なんて答えたんだ?」

「覚えてないよ。多分スカウトされてとか言ったんじゃないかな」


その答えはあながち間違いでもないけれど、正解でもない。

芸能界へと決めたのは、結局は自分自身だ。スカウトがキッカケというのは、本当のところは少し違う気がしている。


歌も踊りも、大して興味はない。

むしろ他人から好奇の目で見られることには抵抗を感じるし、不快に思うことも多い。

けれど、こうして生きていくことを選んだのは自分。

あの時…あの男が手招きして、僕らはそれについていったんだ。


「…亮介、あの時どんな風に話が進んだか、覚えてる?」

「いや…もうおぼろげだな。何年前の話だ?」

「え、聞きたい聞きたい!オレたちん時と違うの?」


僕と亮介のやり取りに、志朗が首を傾げる。



ふと思い出したのは、震えるペン先。

白い紙切れの右下に名前を書くだけで済むのに、僕の左手は震えていて。

そしてそのペン先に冷たい視線を送っていたのは、今や僕たちの生みの親と呼ばれている、あの男。


「…榊さんが施設に来た日のこと。志朗には話しておこうか」





これは僕らの物語が始まる、その前夜の話。






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