――ワアアアアア、

大きな歓声が聞こえる。

心臓が早鐘を打って、自分がこれから数万の人々の前に飛び出すなんて、そんなのはきっと夢だと思い込んでしまいたくなる。

アイドルグループ「BUCKS」の神名湊として一番逃げ出したくなる瞬間は、ライブが始まるその瞬間だと言ったら、一体どれだけの人が信じるだろうか。

≪瑞樹さん、亮介さん、志朗さん、ポジションつきました。スタンバイです≫

≪了解。陣さん、湊さん、どうですか≫

耳に差し込んだインカムからスタッフの声が聞こえる。
湊はそれに対して何も応えず、ただ舞台装置の下でマイクを持つ手を微かに震わせていた。

「……湊」

湊に声をかけたのは、湊の向かいに立っている陣だ。
陣の視線は、震える湊の手を見つめている。

「陣……」

「手。貸してみ」

陣は自身らの付近でスタッフが見守るのも構わず、湊の手をぐいと引き寄せた。
そうして、自身の手を重ねると、その手をぎゅっと握った。

「大丈夫。お前は特別だ。…上手くいく」

陣の言葉に、湊の心が凪いでいく。


――特別。


自分の事を特別だと言い切ってくれる陣に、ライブ前、いつもこうやって励まされてきた。
おまじないのようなものなのかもしれない。
けれど、どれだけ不安や緊張に震えていようと、陣のこのおまじないさえあれば、湊は「神名湊」になれた。

「……うん。ダイジョウブ」

「よし。…俺らも準備OKです」

「わかりました。じゃあ…始めます」

≪陣さん、湊さん、スタンバイOKです。どうぞ≫

≪了解。イントロ入ります≫

インカムの言葉の直後、会場が暗転したのか、歓声がワッと大きくなった。
響き渡る音楽と、会場を埋め尽くす色とりどりのペンライト。

『welcome to the BUCKSTAGE』

モニターに映し出された文字に会場の歓声が最高潮に達したその瞬間、陣が湊に笑った。

「いくぞ!湊!」

「オッケー!」

握っていた手を離すと、こぶしをつき合わせる。

黄色い声援と白いスポットライトの中へと、舞台装置が二人を押し上げていった。



陣がいるなら、自分はどんな場面でもきっと歌える。

強くなれる。特別になれる。


陣がいてくれるなら――…





湊はステージに立ち、マイクを握り締めた。

そうして、スポットライトに照らし出される中、ペンライトの海に向かって、全力で叫ぶ。


「ようこそ!!!俺たちのステージへ!!!」


――ワアアアアア、


歓声の渦に引きずり込まれていく。


熱狂の夜が、また始まろうとしていた。



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