触れる指先が熱いのか。



触れた肌が火照っているのか。



よくわからない。



こんな感情は初めてで。



守りたいと思ったことも…初めてで。











「ビッショビショだな。雨で」

「うん……」

「シャワー浴びてくるわ俺。先いいか?」

「うん、いいよ、先にいって…」



二人乗りしたバイクでキューブに帰り着いた直後。
記者にフラッシュを焚かれる前に、玄関に逃げ込んだ。


玄関に入った直後思ったのは、すっかり冷えたこの身体をなんとかしたいってこと。

俺の背後に隠れてたとはいえ、雨に濡れたのは湊も一緒だ。二人して頭からつま先までびしょ濡れ。


「わり、んじゃ先シャワーもらうわ。…っと、ちょっと待ってろ」

「?」

「ほらよ。バスタオル。これで頭でも拭いとけ」


湊にバスタオルを投げ渡してから、俺はバスルームへと向かった。手の感覚があまりない。全身が氷の海に投げ出されたみたいに冷たかった。









熱いシャワーを頭から浴びながら、ふと思う。


湊との間にあった、いざこざ。


湊を迎えに行く俺の頭の中では、湊が俺のことをどう思っていようが、そんなことはもうどうでもよかった。湊が無事でさえいればいいと、ずっとそう思っていたから。




…守りたい、と思った。



湊のことを。



あいつの身に危険が及ぶかもしれないと思うと、背筋が凍るようだった。



山ノ井組の本部であいつを見つけた時は、本当に、心からホッとした。



『亮介が悲しいと、僕も悲しい。亮介が嬉しいと、僕も嬉しい』





『きっかけは、本当に些細なことなんだ』




瑞樹の言葉が、ふと思い浮かんだ。



シャワーの栓を止めると、滴る水滴がピチャン、ピチャン、と音を立てる。


俺はジッとフロアタイルを見つめた。


目を閉じる。


まぶたの裏で、湊が笑っている。


…とても穏やかな心地がした。















「湊、空いたぞ……って、いねぇし…」


シャワーを浴びて、髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、そこに湊の姿は無くて。


どこに行ったかは察しがつく。


リビングから二階の湊の部屋を見上げると、微かに扉が開いているのが見えた。



(ったく…問題児め……)



やおら二階へと上がった。


湊の部屋の扉を引くと、ギィ、と音を立てて扉が開いた。


「おい。湊」


中を覗き込む。


……すると。




「………」



何時ぞやのように、湊がベッドの隅に膝を抱えて座っている。


俺はタオルを肩にかけると、そのまま部屋の中へと足を踏み入れた。


びくり、と湊の身体が揺れる。


ベッドに腰掛けて、ジッと湊を見つめる。



もう逃げ場はねぇぞ。




「おい。…何拗ねてんだ」

「………」


膝を抱えた湊は、黙ったまま、俯いている。


俺は少しだけイラついて、タオルを手に取ると、ベッドに投げ出した。


湊に向き直る。


すると、俺が向き直ったと同時に、湊は抱えた両脚に顔をうずめる。



(なんなんだよっ…!!)



その行動が理解できない俺は、つい湊の手首を掴んでしまった。



「ッ…!!」

「何なんだよ!!なんか文句でもあんならハッキリ言えよ!!」



俺の声に、湊が顔を上げる。


すると、その顔は。


涙で濡れていた。



「違う…違うよ、陣……」

「………」

「…怖いんだよ、俺…!!」

「怖い……?」

「ここに…俺が帰ってきたら…また…山ノ井組の奴らがきて…陣やみんなを…傷つけないかって……!!」

「………」

「俺のせいで……みんな…傷つくんじゃないかって……!!」

「………」

「もう俺のせいで誰かが傷つくのは…陣が傷つくのは…嫌だ…!!」



肩を震わせていた。


湊は、肩を震わせて、泣いていた。





『亮介が悲しいと、僕も悲しい。亮介が嬉しいと、僕も嬉しい』





『きっかけは、本当に些細なことなんだ』




そう。



きっかけは、本当に些細なこと。




「ッ!?陣……!?」

「黙れ。…黙ってろ」



咄嗟に手が伸びた。


気付くと、俺は湊を抱きしめていた。



こいつの泣き顔はもう見たくない。


笑っていてほしい。


幸せでいてほしい。



心から、俺は今そう思っている。



だから、俺は手を伸ばしたんだ。



…守りたいから。



…そうだ、湊を、守りたいから。




おずおずと、俺の腕に触れる湊。


どうしたらいいのか、わからないんだと思う。


……それでもいい。



「湊」

「なに…?」

「もう何も…心配するようなことはねぇよ」

「……どうして……?」

「俺がお前を守る。どんな目に遭ったって、お前を守るから」

「…陣……」

「お前は俺の……」




『大丈夫。お前なら歌える。お前は……』



「……特別だから」



見開いた瞳から、涙がこぼれ落ちたのが見えた。


俺はその涙に口付けると、湊の唇に親指で触れた。


目を瞬かせる湊に、一瞬、微笑ってみせて。


それから俺は、その唇に、口付けた。



「ん……」

「……声出すなよ。エロいことしたくなんだろ」

「なっ…なに言ってんだよ陣!!バカっ…!!」

「冗談。……大人しくしてろ」

「……うん……」



枕を手にとって叩いてきた湊を笑いながら宥めて、もう一度抱き寄せる。


暖かなその温もりに、俺は心地よさを覚えていた。


俺の腕の中で、まるで子どものように甘えきっている湊を見て。


瑞樹の言葉の意味が、分かったような気がした。


こいつが嬉しい時、俺も……嬉しい。




湊の頭を撫でる。


すると、湊が顔をあげて。


「陣。…もう一回言って」

「もう一回?…何を」

「お前は俺の……ってヤツ」

「ダメだ。ああいう言葉は大事な時にしか言わねぇからいいんだろ」

「えー?…ちぇっ。聞きたかったなー」

「そう何度も言うかよ」



見つめあって、笑いあう。


それだけの事が、ひどく幸せなことのように思える。



「湊」

「ん?ンッ……」



もう一度。


今度は深く口付けた。



腕の中の温もりが愛しい。


こんな風に感じられる日が来るだなんて、夢にも思っていなかった。


唇を離すと、耳まで真っ赤にした湊に笑った。




「そういや…お前が無事に帰ったって事、ナツに伝えねぇとだな」

「うん、そうだね…俺から電話するよ、夏さんに…。叱られるだろうなぁ…」

「そりゃそうだろうな。全員心配してたんだ。叱られんのは覚悟しとけよ」


俺の言葉に、背中を丸める湊。

俺は少し笑ってから、背中を撫でた。


「お前が無事に帰ったって事、喜ばねぇやつはいねぇよ。安心しろ」

「……陣は……」

「あ?」

「陣は…喜んでくれてる…?俺が…帰ってきて…」



(…何をそんな分かりきったことを)



俺は少しだけ照れ臭くなって、湊にすぐさま背を向けた。


ベッドから立ち上がると、湊が背後で俺の名前を呼んだ。




(嬉しくねぇわけねぇだろ)




「……嬉しいに…決まってんだろ」



扉を開けて、湊の部屋を出ようとする。


その直後。


ドン、と後ろから湊に抱きつかれて。


「おい、湊……」

「陣。こっち向いて…?」


湊の呼びかけに振り返る。


目と目が合った次の瞬間には、俺たちは、自然と唇を重ね合っていた。


「……何度目だよ」

「三度目……でも俺……もっとしたいな……」

「……バーカ」


湊の頭を撫でて、それから強く抱き締めた。

腕の中の湊は、俺だけの特別な存在になった。今まで持った事もない、そんな存在なんて知らなかった俺に。




特別な何かができた瞬間だった。





抱き締めた湊の背後。




天井の窓から、雲の隙間から零れているのか、月の光が差し込む。




俺たちを散々濡らした雨雲はもう、とっくに消え去っていた。



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