柔らかな日差しが窓から差し込む。お昼を少し過ぎたこの時間帯はどうにも眠くてかなわない。ふわぁ、と欠伸をし両腕をのばす。事務作業で凝り固まった体からはパキリと小気味良い音が鳴った。

「お疲れ様です、よければこちらをどうぞ」

 顔を上げれば常と変わらない仄白い繊細な顔に少しの心配を乗せたウィスパーレインがいた。彼女は手にしていたマグカップとクッキーを私のデスクに置きその場を去ろうとするから慌てて引き留める。

「ちょっと待って!この後時間あるならお話しようよ!」
「時間はありますけど、私と話した所で何も楽しくありませんよ。もしかして業務連絡でしょうか?」
「ノット業務連絡!私がウィスパーレインと話したいだけだよ」

 手招きをして隣に座ってもらうが、依然理解に苦しむという表情をしている彼女に苦笑が漏れた。その特異な生い立ちも関係して他人との距離を取りがちな彼女ではあるけれど、生来の優しさは気づく人は気づくものだ。
 一緒に居ると取り繕わずにありのままでいられるから、私はウィスパーレインの事がとても好きなのだ。彼女が私の事をどう思っているかは別の話だけど。怖くて聞けない。

 それでも、わざわざこんな辺鄙な場所まで差し入れに来てくれている訳だから嫌われているってことは無いと思う。広いロドスの中でもあまり人の訪れないような場所に私の作業場はある。私自身は隠れ家といった感じがしてお気に入りなのだけど、周りからは探しに行くのが大変だと不評の嵐を食らっている。大変遺憾だ。

「お仕事はよろしいのですか?」
「キリの良い所までちゃあんと終わらせたから大丈夫!ほめてほめて」

 そう言って頭を差し出せば、困った顔をしながらぎこちなく頭を撫でてくれる。ウィスパーレインに褒めてもらえると疲れが全部吹っ飛んでいくから凄い。医療オペレーターには癒し機能でも搭載されているのだろうか。

「あ、でもウィスパーレインの飲み物が無いね」
「私の事はお構いなく」
「うーん、うーん。とっても構うけど」
「そのお気持ちだけで嬉しいものですよ」

 自分の気の使えなさにしょんぼりしていると彼女は慰めてくれる。彼女自身も忙しいだろうにこうして差し入れを持ってきてくれたり話に付き合ってくれたりと私よりも圧倒的に気遣いレベルが高い。他者への細やかな配慮や心配りは彼女の美点でもあり、心配になる部分でもある。

「体調にお代わりは無いですか?」
「ばっちり元気だよ!相変わらず眠たくて仕方ないけど、突然意識が途切れたりとかも無いし」
「先日処方した薬が合ったのならよかった」
「うん、いい感じだよ。ありがとうね」

 ちょびっとだけ悲しい気持ちが心の隙間に入り込んできたけれど、気づかないフリをして私は笑った。私の種は他の種族よりも寿命が短いし、生まれ持った体質のせいで長い眠りを必要としている。そんな中でも私は特別睡眠を必要としているらしく突然意識が途切れるなんてことも良くある。
 今でも廊下に倒れてて通りがかったオペレーターを驚かせてしまうなんてことは茶飯事だ。何とかしたいとは思ってもどうにもならない事ってものはあるから、この性質と上手く付き合っていくために医療オペレーターの人たちと話し合って薬の調整をしている真っ最中なのだ。

「もっと長く起きていられたら出来ることもいっぱいあるのになぁ」

 お仕事もそうだし、遊びに行く時間だってそう。夜更かしができたらまだ見れていない映画だって沢山見れるし読んでない本も読める。ただでさえ短い寿命だというのに活動できる時間が更に短くなってしまうなんて耐えられない!

「そうだ!今度ドクターにおすすめしてもらった映画を一緒に見ようよ!確かマルチメディア室に置いてあるってだから、予定が合う日教えて!」
「ドクターのおすすめですか、それは気になりますね。えぇと、週末の午後からなら空いていますので現地集合としましょうか」
「おっけー、頑張って起きてるよ!」
「無理はなさらないでくださいね」

 その問いに大きく頷く。ウィスパーレインはそろそろ行かなければと立ち上がり部屋を後にした。私はそれを手を振って見送る。扉が閉まって、部屋にはシンとした静けさが広がった。彼女の持ってきてくれたマグカップに口をつけながら物思いに耽る。
 たぶん、長ければ後五年は生きられる。これは希望的観測も含まれるけど。もしかしたら戦場で命を落とすかもしれないし、突然敵襲に襲われるかもしれない。鉱石病が悪化して寿命が残り一ヶ月!なんてことになるかもしれない。このどうしようもない世界じゃ、命の重さは紙切れと相違無い。

 ロドスは、外の世界で見捨てられた私のような人々を掬い上げてくれる。もちろん全ての人を救うなんて夢物語には到底及ばないけれど、手の届く範囲で彼ら彼女らは全力で向き合ってくれる。私は運よく彼らに見つけてもらえてここにいる。きっとこれは幸せな余生。
 あの日戦場で死ぬはずだった私なのだから、ほとんどボーナスタイムみたいなものだろう。それでも、生きているともっとアレがしたいコレがしたいが増えて行ってどんどん欲張りになってしまう。

「少しでも、彼女の生きる苦しみを和らげる事ができたら」

 それってとっても傲慢な考え。でも、彼女と出会って、彼女の事を好きになっちゃったのだから私は自分にできることなら色々試してみたいと思うのだ。
 ウィスパーレインは私と違って死ねない。彼女の言う所の若返りという物のせいで、何度死んでも全部の記憶を忘れて最初からやり直し。本当の意味で終わりを迎えられない苦しみを繰り返し続けている。

 きっとロドスがあり続ける限り、そこには私と彼女の記録が残っているだろうしロドスはウィスパーレインを助けてくれる。だから、楽しい思い出をいっぱい記録に残しておけば記憶を失った彼女が見返した時に誰かと一緒に過ごすのも悪くないんじゃって思ってくれるかもしれない。
 寂しい別れはいっぱいあるけど、それ以上に楽しい思い出で埋め尽くしてしまえば彼女の抱える悲しみも少しは無くなってくれるんじゃないかって。安直な考えだけれど。

 これはロドス頼りだし、記憶を失ったウィスパーレインがどう受け止めるかもわからない。でも、私が思いついて、そうして実行できるのなんてこのくらいだから。

 どうか、今を生きる彼女と、その先も生きていかなければならない彼女が、ほんの少しでもいいから幸せだと思えることに出会えますように。