「連絡を無視するなんて酷いんじゃない?」
「うわでた」

 今日も今日とて依頼をこなした矢先、何故か隣に指名手配犯の女が立っていた。この前手配書を見かけた時、懸賞金が百億を超えていて驚いた記憶がある。そんな人がこんな昼間から堂々と歩いていても大丈夫なのだろうか。

「私と会えなくて寂しかった?」
「寂しかった。でも会いたいのは今じゃない、TPOはわきまえるべきだ」
「あらあら」

 困った子だとでも言いたげに微笑むカフカに、現在進行形で困らせに来ているのはそっちだと声を大にして言いたい。そもそも、あの連絡にどう返せと言うんだ。ちゃんとスタンプを押しただろうが。

「まさか君に春が訪れるなんて。ここは私も一肌脱がなくちゃ」
「脱がなくていい。そもそも人間は脱皮をしないから脱いだ肌は今すぐ着込んでそのまま帰った方が良い」
「反抗期かしら?」
「お前のせいでな。その態度を改めない限り未来永劫俺は永遠の思春期として語り継がれることになるだろう」

 クスクスと笑う女を前に俺は眉間を手で押さえた。そもそも、何故バレたのかも分からない。突然匿名のメッセージで【穹、恋してるのね】なんて連絡が届いたから驚くパムのスタンプを押せば【異世界の子よね?】【かわいい子じゃない】【周りに気を使える優しい子ね、でも無理をしすぎる所があるみたいだからちゃんと様子を見てなきゃ駄目よ?】と連投を始めた。
 俺の恋愛事情が筒抜けなことも彼女についてよく知っている様子も頭を痛める原因だ。それだけでなく【……幸せにな】とおそらく刃と思われるメッセージが届いたり【今度彼女も一緒に遊べるゲームやろうよ】と銀狼からもメッセージが届いた。暇なのか星核ハンター。

「最近の調子はどう?デートには誘えた?」

 唐突な質問に思わず咽てしまった。隣にいるカフカはアルカイックスマイルを浮かべている。微笑ましいを通り越した悟りの境地にいる彼女に思わず恐怖を覚えた。いったい何が彼女を俺との恋バナに駆り立てるんだ。

「いや、カフカには関係無いだろ」
「そう、誘えていないのね。案外奥手なの?」
「慎重なだけ、断じて奥手ではない」
「やっぱり誘えていないのね」
「嵌められた!」

 巧妙な手口に為す術もなく嵌ってしまった。流石星核ハンター、情報を引き出すためならどんな手段も厭わないとは恐るべし。俺は更なる恐怖に怯える。

「……誘おうとはしているんだ。でも、彼女も忙しいみたいだし突然誘ってもびっくりするかなって」
「そう、悩み所ね。その子はどんなものが好きなの?」
「……本を読むのが好き。最近は恋愛物の小説が面白いって言ってた。後は紅茶が好き。洋菓子も、たぶん甘い物全般好き」

 思い出しながら一つ一つ答える。よく一人で本を読んでいる所を見かける。集中している彼女の邪魔にならないようにこっそり目の前の席に座って眺めることが多い。描写によってころころと表情が変わる様子を見て、今は面白いシーンなんだな、とか辛いシーンなんだな、とか勝手に想像するのは結構楽しい。
 集中力が切れて俺が居る事に気づいたタイミングで煩わしくない程度に雑談を持ちかければ、戸惑いながらも返事をくれる。最近では俺の事にも慣れたようで心地よい会話の応酬が続くようになった。これは個人的に大きな進歩だと思う。

 近づいても薄い壁を一枚隔てたような距離を保つ人だから、少しでも俺の事を信頼してくれたらいいなと考える。地道な道のりではあるけど、いつか彼女を隔てる壁の内側に行くことが出来れば。きっと俺は誰よりも彼女を慈しめる自信がある。他の誰にだってその役は渡したくない。
 こんな利己的な感情も恋に分類されるのだからつくづく恋愛と言う物は難しい。いつだって彼女に幸せであってほしいと願うことは変わらないのに、その隣に居るのは他の誰でもなく自分でないと嫌なのだ。

「ふぅん、それなら黄金シアターはどうかしら。今度の上映作はあの子も気に入るんじゃないかしら?」
「スターダストローズか?確かに彼女を誘おうか考えていたけど」
「それとは別の、新作」

 カフカはいつの間にか片手に二枚のチケットを持っており、ひらひらと軽く揺らしている。その姿に思わず眉をひそめれば、プレゼントだと押し付けてきた。

「このチケットに書かれている演目は街中のポスターで見た事ないんだけど」
「当り前よ。だってまだ公表されていないもの」
「は?」

 パチリと軽快にウィンクをしながら、「二人だけの秘密よ?」なんてお茶目仕草で言ってくる。勝手に秘密の片棒を担がせるな。これは俺が知っていい情報なのか?シルバーメインに連行されないだろうかとヒヤヒヤする。

「安心してちょうだい、そのチケットは知り合いから譲り受けたものなの。私は仕事で行けないから代わりに行って来て」

 あ、デートが終わったら感想をメッセージで送ってちょうだいね。言いたいことだけ言い切って、瞬きの間にカフカは姿を消した。辺りを見渡しても、先ほどまで彼女がここに居たなんて誰も知らないように街の時間は流れていく。俺は溜息を吐いて列車へと帰るために足を進めた。

◆

「結婚したそうだな、目出度い事だ」
「それどこ情報?未婚なんだけど」
「カフカだ」

 なんだこのデジャヴ。そう思いながら隣に立っている不審者を見る。黒のニット帽にマスク、サングラスを掛けたガタイの良い男なんてものは即座に通報案件だろうに、この男は自然と街に馴染んでいる。仕事柄なのか気配を消すことに長けているようだ。実際話しかけられるまでその存在に気付かなかったわけだから、これで命を狙われていたと考えればゾッとする。

「奥方は甘いものが好きだと聞いた。豆乳抹茶チョコクッキーラテがおすすめだ」
「だからしてないって言ってるだろうが」
「本当にしてないのか?」
「してない」

 心なしか刃が悲し気に見えた。表情の変化は一切分からないが、纏う空気がズンと重くなる。なんならジメジメしてる。なんでこんなに落ち込んでいるんだ。というか驚きすぎて流してしまったけど豆乳抹茶チョコクッキーラテって言った?マジ?飲むの?星核ハンターの事がわからなさすぎる。

「そうか、であれば恋仲か」
「付き合ってすらいないんだけど……」

 場に沈黙が走る。刃は無言でこちらを見つめる。サングラス越しだというのに異常な眼力に耐えきれず俺はふいと視線を反らした。向こうが勝手に誤解していただけだというのに何故俺がこんなに気まずい思いをしなくてはならないのか。こんなの新手の当たり屋だろう。おのれカフカ。恐らく刃にある事ない事吹き込んだ全ての元凶に内心で恨み言を言う。

「彼女の事は好きなのか?」
「いや、まあ。好きだけど」
「どのような所が?」
「どのような所が!?」
「言えないのか?」

 滅茶苦茶根掘り葉掘り聞いてくる。話さない訳無いよな?という言外の圧に屈して俺は少しずつ喋り出す。最初は、穏やかながらもどこか困ったように笑う人だと思った。それが何となく自分の中で引っかかって、自然と彼女を目で追っていた。パムと一緒に列車内の掃除をしていたり、姫子さんや丹恒とアーカイブを纏めていたり。
 話している最中に笑みを浮かべているのを見ると、あ、こういう時に笑うんだなとわけもなく印象に残った。それで、もし彼女を笑わせたのが俺だったら、今彼女の隣に居るのが俺だったらいいのになと思うようになって。嗚呼、俺って彼女に恋しているんだなってストンと胸の内に答えが落ちた。

 ほとんど初対面だと言っても過言ではない男とする会話じゃないだろう、と思いつつも変な空気に流されて正直に答える。どうして俺、敵っぽい雰囲気を醸し出してる人と恋バナしてるんだろうなと遠い目になった。
 ピロン、と場に通知音が響く。ポケットからスマホを取り出してみれば刃からだった。隣に居るのにメッセージ?疑問に思い横を見れば彼もスマホで文字を打ち込んでいる。今回は銀狼の成りすましではなく本人のようだ。

【豆乳抹茶チョコクッキーラテ交換券×2】
【カフカに使い方を教えてもらった】
【これを店員に見せれば交換出来るようだ】

 熱い豆乳抹茶チョコクッキーラテ推し!しかも交換券の入手方法をカフカに聞いただけでなく交換の仕方まで俺に教えてくれる。普通に滅茶苦茶優しい。あと二枚って事は彼女と飲んで来いって事か?彼女を誘えたら豆乳抹茶チョコクッキーラテの感想送るか……。

「お前は、愛する人の手を離すなよ」

 それは祈りのような言葉だった。寂寥と後悔を綯い交ぜにした声音であった。隣を見れば、刃は既にいない。どいつもこいつも神出鬼没すぎる。星核ハンターってもしかしたらとんでもお節介集団なのかもしれない。

◆

「そろそろ付き合った?」
「付き合ってないけど何?星核ハンターって人の傷口に塩塗りこむのが趣味なの?」

 二度ある事は三度あると言うように今度は銀狼が現れた。相変わらず俺の恋心は筒抜けのようで、プライバシーの保護について話し合いの場を設けるべきだと切実に思う。

「なんだ、まだ付き合ってないんだ。カフカが浮かれてたからてっきり付き合いだしたのかと思った」
「なんでお前らは俺の恋愛事情に首を突っ込んでくるんだ、暇なのか」
「私は暇なだけだけど、カフカと刃は結構真剣だよ」
「???」

 頭の中に宇宙が広がる。思考の処理速度が追いつかず、有名な猫のミームのような状態になってしまった。「穹ピ誰が好きなの〜?」「え、隣のクラスのあの子?」「確かに可愛いよね。ウチらも協力する!」と学舎に通う若い少女のようなノリのカフカと刃が脳裏を過る。アタシ、頑張る……!脳内に居る二人に返事をして銀狼に向き直った。

「確かに二人は、いや、カフカは微妙なラインだが刃は親身だったな」
「結婚したと思い込んでご祝儀包んでた。まぁ付き合ってすらないって聞いてガッカリしてたけど」
「期待に応えられず大変申し訳ない」

 あの居た堪れない沈黙に満ちた空気を思い出して咄嗟に謝罪を口にした。謝る必要性なんてものは微塵も、これっぽっちもないのだが、言葉にせずとも伝わってくる悲し気な雰囲気には申し訳なさが込みあがってくる。

「それで最近どう?進展はあった?」
「この話まだ続けるの?別の話題に切り替えた方が良くないか」
「デートには誘えた?」
「強引〜!」
「まあ私はそこまで興味無いから答えなくてもいいけど。それよりも今度三人でゲームしようよ」
「その三人っていうのはもしかして俺と彼女と銀狼?」

 あたりまえでしょと頷かれてどうしたものかと頭を抱えた。俺一人なら付き合うが彼女を巻き込むのはどうなのか。こうして普通に話してはいるが、目の前にいる彼女もれっきとした星核ハンターのメンバーであるし、億単位の懸賞金が懸けられている。ゲーム上とはいえ関わらせるのも気が引けるような人物だ。どうにか穏便に断れないかとウンウン考えていれば銀狼が口を開く。

「乙女ゲームとかどう?彼女の男の趣味がわかるかも」
「詳しく」

 シューティングゲームやRPGが出てくると思っていたので聞き馴染みのないジャンルに興味が湧く。乙女なゲームで男の趣味がわかるとはこれ如何に。

「女性向けの恋愛ゲーム。私も詳しくは知らないけど有名どころならハズれないでしょ」
「成る程。それなら確かに見た目だけでなく性格なんかの好みもわかるかもしれない」
「でしょ?」

 先ほどの悩みなど吹き飛んだようにゲームをする方向で話を進めていく。恋愛ゲームはマルチプレイが出来ないからどうやって遊ぶのか聞けば、銀狼が配信形式で画面共有してプレイするのでボイスチャットで茶々を入れればいいそうだ。

「選択肢の選べる映画鑑賞とでも思えば良いよ。二人並んで一つのスマホで画面を見れば距離も縮まるんじゃない?」
「ナイスアイディア、採用」
「それじゃまたね。詳細は今度メッセージ送る」

 そう言うと銀狼は立ち去った。他二人と違い突然消えなかったので感動して後ろ姿が見えなくなるまで手を振る。俺は意気揚々と列車へと帰った。





恋路に野次馬