隣の席の穹くんは、ちょっと、いや、かなり変わっている。いわゆるクラスの人気者で彼の周りはいつだって笑顔で溢れているけれど、それはそれとして変わり者であるというのは学年全体の共通認識だと思う。
 入学当初はクールで格好いいなんて女子の間で囁かれていたけど、時間が経つにつれて自然とそのような話も聞かなくなって、最終的には観賞用というポジションで落ち着いたらしい。仲のいい友人曰く、遠くから眺めるのが丁度いいのだと。その気持ちは私も良くわかる。穹くんと隣の席になってからと言うものの毎日が賑やかで、以前のように離れた席から元気だなぁと思っていた頃が懐かしい。

 今もちらりと隣を見れば真剣な表情で日本史の教科書に向き合っているけど、そこに載っている偉人はもれなく彼の手によって落描きが施されている。まつ毛は異様に盛られ、なんなら髪も盛られていた。手にはキャラメルフラペチーノを持たせており、プリクラに映るギャルみたいになっている。吹き出しを付けて「今日も元気に謀反謀反☆」と丸文字で書かれているのを見てたまらず笑みがこぼれてしまった。
 先生にバレないようにこっそりと「絵、上手いね」と話しかければ「現代の錬金術師だからな」とドヤ顔で返された。よくわからなかったので「そうなんだ」と曖昧に流す。

「あんたの教科書も俺の超絶技巧でデコろうか?」
「私はシンプルなのが好きだからこのままでいいかな」
「今なら友達価格で30%オフなのに!?」
「お金取るんだ……」

 そんな話をしつつ板書を取れば、いつの間にか授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。礼をして荷物を片付けていれば友人がお昼の誘いに来たのでお弁当を持って一緒に屋上に向かった。ドアを開ければ冬の冷たい風が身を包んでぶるりと震える。運よく日当たりの良いベンチが空いてたので二人並んで座ればおもむろに友人は口を開いた。

「なんだかんだであんたと穹って仲良いよね」
「そうかな?」
「そうだよ。三月さんを除けば女子の中で一番仲良いんじゃない?」

 三月なのかちゃんは少し離れたクラスの女の子で、穹くんを通して知り合った友達の一人だ。写真部に入っていて偶に被写体をお願いされるので、そのお礼として休みの日に一緒に出掛けたりもする。彼女と穹くんは中学からの付き合いで、あともう一人、丹恒くんも同じ学校出身でこの三人には他の人が割って入れないような、そんな雰囲気がある。

「なんかさぁ、無いの?」
「なんかって何」
「恋のはじまり!みたいな」

 彼女は輝かんばかりの笑顔でそう告げるが、残念ながらそのようなものは無い。私が首を振って否定すれば途端につまらなそうな顔をする。

「ちぇ〜、浮いた話の無いあんたと恋バナできるチャンスだと思ったのに」
「あはは、ごめんね」
「本当にほんとうに恋愛感情は無いの?」
「ないよ。なんていうか、穹くんってよく美人な先輩とか保健室のナターシャ先生を口説いているでしょ?そういうの見るとなぁ……」
「あぁ、うん……」

 二人で遠い目をした。彼は喋らなければ切れ長の目に整った造形をしていてクールな印象を与えるのに、口を開くと愉快な人というか、結構お調子者だ。入学してからというものの美人な先輩を見かける度に息をするように口説いているから同学年だけでなく上の学年にまで一気に名を馳せた。
 最初は顰蹙を買っていたようだが、男子の間で難攻不落の高嶺の花と名高いナターシャ先生にすげなく断られながらも当たって砕け続ける姿を見て勇者と祭り上げられたらしい。時々穹くんが廊下を歩くと「あれが一年の勇者……」と周りがざわめくことがある。男子のコミュニティは謎だ。

「そうじゃくても、たぶん穹くんはなのかちゃんが好きでしょう?横恋慕はなぁ」
「は?」

 友人は口に運ぼうとしていた卵焼きをポロリと落とした。地面ではなくお弁当箱に落ちたのは幸いだったと思う。口をぱくぱく開いたり閉じたりを繰り返しているが言葉になる事は無い。私は不思議に思いながらも食事を進めた。

「ほら、よく噂になってるじゃん。なのかちゃんは穹くんと丹恒くんのどっちと付き合ってるかって」
「でも実際付き合ってる訳じゃないじゃん」
「そうだけど、でも穹くんとなのかちゃんが一緒に話している所を見ると大切にしてるんだなって凄く伝わって来て。私が入る隙なんてないよ」
「ねぇ、それってさ……」
「言わないでよ」
「あんたも難儀だね」

 恋ではないのは確かだよ、と続けて食べ終わったお弁当箱を片付ける。まだ、恋ではない。それは本当だ。友愛でとどまるようにといつも自分に言い聞かせている。