「あ」
「ん、どうかしたか?」
「ジャージ持ってくるの忘れた」
昼食を終え教室に戻り、次は体育だからと着替えの準備に取り掛かろうとしたが、ジャージを持ってくるのを忘れたことに気づき苦い顔をした。今日体育ある子いたっけと考えていれば隣からちょいちょいと腕をつつかれて振り向く。
「俺の使って」
「それだと穹くんが寒いでしょ。男子は外なんだし風邪ひいちゃうよ」
「あんたは他に借りる宛てあるの?時間もそんなにないじゃん」
「わからない。けど確認に行く時間くらいはあるよ」
「確実性を取った方がいいと俺は思うんだけど」
はい、と言って私の肩にジャージをかける。そろそろ更衣室に移動した方がいいんじゃないかと背中を押す彼に返そうとすれば、制服の上からチャックを閉められる。
「このままジャージを脱ぐのは面倒だろ、面倒だな。良し!」
「いや脱ぐから、女子は体育館だし借りれなくても大丈夫だよ」
「クーリングオフ不可でーす。返品は受け付けておりません」
「前みたいに風邪ひいたらどうするの?」
「その時は、うん。また見舞いに来てくれ」
「……風邪ひかないのが一番だからね」
結局押し負けてしまい穹くんのジャージを着たまま廊下に出る事となった。先に準備を終えて廊下で待っていた友人は私の姿を見るとニヤリと笑った。
「脈アリじゃん」
「そんなんじゃないよ、穹くんは皆に優しいし」
「ハァ〜?あいつが優しいワケなくない?」
何言ってんの?と言う顔をする友人に驚く。私は今までの事を振り返ってみるが、彼が酷い人だと思うような事は無かった。傘の件から始まり、例えば日直当番の時に黒板の上の方が届かなければ代わりに消してくれた。この時はまだ席も別だったので彼は日直ではなかった。それなのに手伝ってくれたのだ。他にも自販機で間違えて別の物を買ってしまって落ち込んでいた時は、私の飲みたかったジュースをわざわざ買って交換してくれた。
他にもいろいろあるけれど、そういった事を話していればうげぇと分かりやすく友人は顔を顰める。こんなに優しいのに何でそんな顔を?と不思議に思っていれば彼女は嫌そうに口を開く。
「良い奴ではあるよ。まぁ、変な所も多いけど。だけどさぁ、優しいかと言われるとね」
「えぇ、こんなに優しいエピソードを聞いたのに?」
「聞いた上で言ってんの。なんなら引いてる」
え、と疑問の声を上げれば友人は溜息を吐く。
「あんた以外の女子にそんな対応してるの見たことある?」
「他の子はわからないけど、少なくともなのかちゃんにはそうだよ」
「そうだったね。じゃあ三月さん以外は?」
「えっと……」
そう言われて普段の穹くんの様子を思い出す。この前は掃除時間にエアバンドを結成して先生に怒られていたなぁ。……じゃなくて、女の子に優しくしている所は何かあっただろうか。普通に話している場面は沢山思い出せるけど、だからと言って特別優しくしているシーンなんてすぐには思い浮かばない。うーんと悩んでいれば私の思考を促すように友人が「先週日直の女子がノート運ぶの手伝ってほしいって言ってたじゃん、あの時どうだった?」と告げる。私はどうだったっけとその時の事を思い出した。
確か、課題のノートを職員室まで運ぶのを先生に頼まれた子が、近くに居た穹くんに手伝ってほしいって頼んだんだったっけ。それで、あれ?あの時の穹くんはその申し出を断っていなかっただろうか。そう思い出した私に「ね、全員に優しいんじゃないんだよ」とやれやれと首を振りながら言った。
「偶々ほかの予定があったんじゃない?」
「じゃあクラスの女子があんたみたいに自販機で押し間違えたとして、あいつが同じように買いなおして交換すると思う?」
そう言われて咄嗟に答えられなかった。同じように交換するんじゃ、と思ったけどそのシーンが思い浮かばなかったのだ。なのかちゃんが相手だったらすぐに想像できるのに。私がそうやって悩んでいればいつの間にか更衣室に着いていた。さっさと着替えるよと言う友人に促されて、その時の私はそれ以上考える事は無かった。