季節は春めいていた。様々な星を巡る星穹列車であるから、あまり四季の移ろいというものを実感する事は無かったけれど。一年中雪に覆われた星に滞在していた影響が大きいのかもしれない。それでも今回降り立った星はどうも郷愁に駆られるような、そんな香りがした。

 うららかな春だ。柔らかな土を踏みしめる感触も、目に鮮やかな新緑も。そして、視界一面に広がる桜並木。ひらひらと風に運ばれる花びら達は、仄かに甘く懐かしい匂いを伴って私の傍を通り過ぎて行った。

「髪に桜付いてる」
「わ、本当だ。取ってくれてありがとう」
「うん。あ、また降ってきた」
「これだけ花びらが舞っていたら仕方ないかも。穹くんも頭についてるよ」

 穹くんに屈んでもらって頭のてっぺんに付いていた桜の花びらを摘んで、そのまま手を離す。風の流れに乗って飛んで行く様を目で追っていたけれど、いつのまにか他の花びらと混じってしまって、どれが自分の追っていた花びらなのかわからなくなってしまった。

「景色は綺麗だけど、こんなに道端に桜が積もっていたら掃除も大変だろうな」
「……穹くん、ゴミ袋は持ってきてないよ」
「と、思うじゃん?」

 スッと服の内側からゴミ袋(大)が出てきた。全宇宙対応の安心安全燃えるゴミ袋(大)である。いったい何処から取り出したと言うのか。彼の着ているコートって内ポケットあったっけ。

「俺は清掃活動を行いこのゴミ袋いっぱいに桜を詰め込んで季節のゴミ箱(春)を作る。ここの住民は道路が綺麗になってハッピー! これぞWin-Winの関係。開拓者の鑑」
「箒もちり取りも無いから一枚一枚手で拾うことになるけどいいの?」

 ハッとした顔をした穹くんは、そのままの勢いでバッとこちらを見る。あまりの勢いの良さにビクッとしてしまったが、彼の顔にはありありと「しまった!」と書かれていたのでゴミ箱(春)の制作は一先ず取りやめにしてくれるんじゃないかと思う。どの道、いつかは作るんだろうけど、それが今じゃ無ければ良いなぁとちょっぴり遠い目をしてしまった。

「後で箒を借りに行こう。自治体の人に清掃の腕に自信があるって売り込めばきっと借してもらえる」

 その瞳は情熱で燃えていた。瞳の奥で揺らめく炎を真正面から受け止めた人は、きっと感動して箒でも掃除機でもなんでも借してくれるんじゃないかと思う。動機は「俺の考えた最強のゴミ箱(春)を作る」という私欲に満ちたものだけど。掃除をするのは良いことだし、うん。本人も楽しそうだから止める必要は無いかなぁ。穹くんのこのゴミ箱に対する熱意は一体どこから来るんだろう。

「あ」

 突如、ひと際強い風が吹いた。思わず片手で顔を覆い、ギュッと目を瞑ってやり過ごしていれば、おろしていた方の手首をパシリと掴まれて驚いて目を開ける。

「穹くん、どうしたの?」

 問いかけるが返事は無い。しばらくの間お互いを見つめあうだけの謎の時間が生まれた。たぶん今、彼の頭の中ではたくさんのことを考えているのだろう。それが言葉になるまで待つことにした。
 すると突然、手首を掴んでいた手が私の手に触れ、そのまま恋人繋ぎの形になる。これには流石にギョッとしてしまって目線を彷徨わせる。そっと繋いだ手を離そうとすれば更にぎゅっと握られてしまって離れそうにない。手袋越しのあたたかな手のひらと、スラリとしているけど節ばった指はごつごつとしていて、何だかどぎまぎしてしまう。

「消えてしまうかと思った」
「消える……?」
「このまま桜に攫われて、俺の前から居なくなるような気がした」

 そんなまさかと思うけれど、指の隙間を埋めるように握られた手を見る限り穹くんは本気でそう考えているらしかった。折り重なる桜の花によって生まれた木漏れ日に照らされる彼を見る。私なんかよりもよっぽど攫われてしまいそうな容貌をしていたので、思わずジトリとした目でみてしまった。

「フィクションじゃないんだから、攫われたりなんてしないよ」
「フラグ立ってない?大丈夫?今までの開拓の旅を思い出して。フィクションよりもフィクションな出来事ばかりだったじゃん」
「否定できない……」

 確かにそうだ。ロマンス小説のような儚さを理由に攫われてしまうのではなく、桜を模した化け物が人間を貪り喰らう為に攫うとかは全然ありそうで怖くなってきた。あと、様々な文献を読んでいると、元の世界で神隠しと呼ばれるような出来事もこの世界ではバリエーション豊か(しかも詳細に書かれている)にあるから猶更ありえない話でもないように思えてくる。

「色々思い出したら怖くなってきた」
「うーん。なんか俺が考えているのとは違う方向で怖がっている気配がする」
「えぇ……自分で言うのも恥ずかしいけど、その。穹くんは桜の儚さで消えちゃうかもって感じたんでしょう?私には儚さなんて無いよ」

 そう伝えれば、穹くんは空いた方の手で口元を覆った。少女漫画のようなタッチで背後に雷が落ち、「恐ろしい子……!」とでも言いだしそうな顔だった。穹くんって表情豊かだよなぁ。

「いいか?春は桜に攫われ、夏はひまわり畑で攫われ、秋は紅葉に攫われ、冬は雪に攫われる。四季折々に攫われチャンスが存在するんだ」
「攫われチャンス」
「そうだ。つまり毎日が戦いなわけ。あんたは戦闘に不向きだから攫われモンスターが現れてしまったらそのまま連れていかれるかもしれない」
「攫われモンスター」

 それはもう桜とか関係なく、ただの敵対勢力の誘拐では?と脳裏を過ったが、本人は至って真剣な顔をしているので口を噤んだ。

「そういうわけで、桜に攫われたらひとたまりもないのないので街まで駆け抜けます」
「え!?」

 穹くんが走り出したのに合わせて、私も手を引かれるように足を動かす。話の緩急も行動の緩急も大きすぎるので、彼と一緒に居る時は、まるでジェットコースターに乗っているような気分になる。

「ちょっと、穹くん止まって!」
「わはは」
「わははじゃない!」

 目の前を楽しそうに走る彼は、なんだかんだで私のペースに合わせてくれている。破天荒で人を振り回すことの多い人だけど、誰よりも機微に敏くて、優しい。

「ねえ。毎シーズン攫われないようにさ、出来たらいつも隣に居てよ。そしたら俺が守れるから」
「守ってくれるの?もしかしたら一緒に攫われちゃうかもしれないよ」
「その時は一緒に攫われる。殴れる敵がいたら殴るし、いなかったら二人で新天地を旅するのも良い」
「……列車に戻れなくなってしまうかもしれない」
「なるようになる、開拓者だからな」
「開拓者ってすごいなぁ」

 芯の一切ぶれない声音で告げられる。後ろからそっと彼の顔を伺えば、自信に満ちた笑みを浮かべていた。思わず、繋いだ手に力を込めてしまった。離れがたいと思ってしまったのだ。
いつか元の世界に戻る身である。実際に帰る方法なんてものは見つかっていないから、どうなるかは分からないけど。それでも、穹くんの傍に居れる間は一緒に居たいなんて考えてしまった。

 自分は随分と欲深くなってしまったものだと、困り果ててしまった。





「今度列車の皆でお弁当持ってお花見しようよ」
「いいね、楽しそう。おかずは何にしようかな」
「あ、冷蔵庫の中身確認してなかったからヘタに食材買えない。帰ったら食堂車に突撃だ!」
「一人ずつお弁当作るのとお重箱にするのどっちがいいかな」
「お重!お重箱が良い!絶対楽しいから!」