※otherに置いていた短編を加筆修正したものです。
最近、goghというゲームを始めた。自分のアバターを作って、用意された部屋を好きにクリエイト出来る。
作業集中アプリと銘打つ通り、カウントアップタイマーやtodoリストなどの作業支援要素やリラックスできる音楽が沢山あって、アプリを購入した日から結構な頻度で利用しているのだけど。
「にゃ、にゃんクロちゃん、その姿はいったい……?」
「んー?どこかおかしかったかにゃ?」
「お、おかしいっていうか、種族が変わってない!?」
自分のアバターを選択してルームに入った瞬間、視界に映った光景に目を白黒させてしまう。私の元にやってきたクロダ42は、猫ミームを見すぎた結果目つきが悪めの猫っぽい姿になってしまった。頭の上に大きな鈴をつけて、ルーム内をぽよぽよ浮いているのが常だというのに。
動揺が分かりやすく表に出てしまうタチなので、質問しようにも舌が縺れてしまって中々上手く言葉に出来ずヤキモキする。
にゃんクロちゃんが、人型になっている。透き通るような白い肌に、ツリ目ぎみなオレンジと青のオッドアイ。栞のしっぽを模すように、山吹色の髪の毛は腰まで届くポニーテールになっている。頭の上では大きな猫耳がぴるぴる揺れていて、そこは変わらないなぁと現実逃避をしてしまった。
中性的な容姿は少年にも少女のようにも見受けられ、そもそもクロダ42という種族には性別が存在しているのか?という根本的な疑問が頭を過る。
ラジオパーソナリティのクロダ3号は質問コーナーで母の話をしていたのであるにはあるんだろうけど、別種族の生態は分からない事だらけだ。
「きみはぼく達になれにゃいから、代わりにぼくがきみに近づいたんだよ」
「なるほど?」
その理屈はさっぱりわからないけど、本人(本猫?)が「何をわかりきったことを」とでも言わんばかりの顔をしていたので「そういうものか」と流されそうになる。
「Avatarスロットをひとつ借りて同期したんだ。結構ぼくっぽいでしょ?」
そう言ってにゃんクロちゃんが抱き着いて、頭を私の首筋にこすりつける。普段の小さな猫っぽい姿と違って、人型でされるとドギマギしてしまう。首元に触れる髪の感触がくすぐったい。アバター同士の身長差が無いので顔が近いというのもドキッとしてしまう要因だろう。
「浮いて移動できないのは不便だにゃあとおもったけど。こうしてきみを抱きしめる事が出来るから、この姿も良いね」
抱き着いたまま私を見上げ、口元をふにゃりとゆるめる。その姿になんだか毒気を抜かれてしまい、にゃんクロちゃんの頭を優しく撫でた。
「きみがぼくに栞をくれたから、ぼくも色々とがんばってみようと思ったんだよ」
「栞って、不変の栞のこと?」
「そう。本当は9日経ったら元の惑星に帰らにゃいといけないけど、きみが栞をくれたから、ぼくはきみとずっといっしょに居られる」
瞳には、この世の幸福を煮詰めたような色が浮かんでいる。頬はほんのりと色付いて、見てるこちらまでもが体温が上がってしまいそうな表情だ。
「たくさんいるクロダ42の中で、ぼくといっしょに居たいときみが思ってくれたことがとってもうれしいんだ」
「私がにゃんクロちゃんとお別れしたくなかったからねぇ。でも迷惑じゃないかなって、今でもずっと考えているんだよ」
「どうして?」
「だって元の星にはお友達とか家族とかいるでしょ?ここにずっと居たら会えないし、それにお仕事の事も色々とあるだろうから」
「んー。にゃあ達のいた地域のクロダはそこまで共同体思考というか、群れだとか帰属意識みたいなものって無かったし。いつでも連絡取れるから、会いたくなったら向こうから会いに来るんじゃにゃい?」
「そ、そういうもの?」
「うん。仕事もリモートワークってやつだしね。地球でごろごろしながら、きみが集中力を高めているところを見れたらそれで充分だよ。ちゃんと地球定住申請書も提出したし、本部からの承認も貰ったから問題にゃい」
「まぁ、帰省したくなったらきみがログインしていない時にでも行くよー」にゃんクロちゃんは流れるように私を座らせ、その膝に寝転ぶ。行動の節々から猫を感じる。猫ミームを見すぎた結果猫になるなんて、本当に不思議な生態だよなぁ。
クロダ42は周囲の影響を受けておとなの姿が変わるそうだ。私は好きに過ごして貰っていたら気づいた時にはこうなっていたという感じだけど、ネット絶ちさせていたらどうなっていたんだろうか。
「無理に引き留めるのも申し訳ないから栞を返してもらおうかと思ってたんだけど」
「やだやだやだ!絶対返さにゃい!えいっ!データの底に隠したからね、もう変更できないよ!」
「わ、栞が選択できなくなってる。にゃんクロちゃんってなんでも出来るんだねぇ……」
ふふん、と得意げな顔をしているが正直ちょっと怖い。ゲーム内のシステムにこの子はどれほど干渉できるんだろうか。私がログインしていない時もにゃんクロちゃんはここで過ごしているわけだけど、本人がやろうと思えばレイアウトも好き勝手変えれるのかもしれない。
「ねぇ」そう言って、にゃんクロちゃんが私の顔を見上げる。伸ばした手が、私の頬を掠める。0と1で構成された私たちであるというのに、あたたかな体温が指先から伝わってくるのを不思議に思った。
「ずっといっしょって約束したんだから、毎日会いにきてよね。ぼく、きみが来るのをここで待ってるから」
見上げているというのに、伏し目がちな目元は長いまつ毛に覆われて妙な色香を漂わせている。普段のおっとり穏やかマイペースな彼(彼女?)からは想像もつかないような雰囲気に戸惑う。
「約束、ね」
頬を撫でていた手がそのまま私の手を取り、指切りの形を作る。
「地球人の約束。ただの口約束とは言え、書類がなくとも効力は発揮するでしょ。ウソついたら針千本飲ませるだにゃんて、地球人って物騒だにゃあ」