「ヘルタの策にまんまと嵌められた」
そう言う穹くんの両手にはどっさりとオーナメントが抱えられている。ヘルタの思い通りになって悔しいけど、二倍のオーナメントをゲットできてホクホクだという複雑な表情をしていた。
彼はそのまま歩いてくると私の座っているソファの隣に腰を下ろし、机にじゃらじゃらとオーナメントを置いた。一つ一つを吟味して「これはアリ」「これはナシ」「これは……成長次第では神に成り得る逸材……」と仕分けていく姿を私は興味深く眺めていた。
さながら腕の良い鑑定士といった様相で手早く仕分けていき、すべての確認が終わった後、グッと伸びをする。
「お疲れ様。今回の成果はどうだった?」
「まあまあのギリギリちょっと上。これなら常時報酬を十倍にしろ」
「十倍だと仕分けるのも大変そうだね」
「クッ、開拓力を取るか後の労働を取るか……。おのれヘルタ!」
明らかに十倍の方がお得なのに本気で悔しがっている穹くんを見るとちょっと心配になる。だいぶ疲れているのかもしれない。
少しでも休息を取れたら……と考えてふと先日買ったものの事を思い出す。七彩虹をイメージした砂糖菓子と毬牡丹の茶葉。毬牡丹はとても珍しい花で、滅多に手に入らない品だそうだ。貴重なのでこれを逃したら二度と買えませんよ!このような幸運に恵まれるなんてお客様はなんと運が良い!なんて言う店員さんの押しの強さに負けてつい手に取ってしまったけど、いったいどんな味がするのだろうか。
飲み方については、まずはストレートで味わって、次に砂糖菓子を溶かして飲むのがオススメなんだとか。せっかくなので一緒に飲まないかと穹くんを誘ってみることにした。
「このあと時間があるんだったらお茶しない?気になるフレーバーを買ったから試してみたいの」
「時間ある。無くても作る」
「いや、そこまでしなくても」
「俺は今無性にお茶がしたい。お茶飲みたい。お茶飲まないと死ぬ」
さぁさぁとせっつく穹くんにちょっと困りながら私は毬牡丹の紅茶を淹れることにした。淹れ方は普段と同じ工程で良いそうだから温めておいたティーポットに茶葉を淹れお湯を注ぐ。
しばらく待ってからカップに注ぎ、小瓶に入った砂糖菓子と、それからマフィンとフィナンシェを一緒にトレーにのせて穹くんのいるテーブルまで運んだ。
「お待たせ」
「全然待ってないよ。へぇ、これが新作フレーバー。お手並み拝見といこうか」
テーブルに配膳するのを手伝いながら彼は神妙な面持ちで呟いた。いったい今から何と戦おうと言うのか。
「まずはストレートで飲むのが良いんだって」
「最初から砂糖を入れるのは紅茶の美学に反するからな」
いつの間にかその道のプロのような佇まいになっていた。彼は無表情でボケ倒すタイプの人間だから本気か冗談かの境目を見分けるのが難しい。見た感じは真面目そのものだけど……。
こういう時、丹恒さんの事が羨ましくなる。彼は穹くんの感情の見極めがとても上手なのだ。もちろん穹くん以外にも彼のそのスキルは遺憾なく発揮される。一歩引いた距離から見守る姿はなのかちゃんが先生と呼ぶのも納得の物だ。
「その前に一ついいか?」
「どうしたの?」
「写真を撮りたい」
「紅茶の?別に構わないけど」
「いや、紅茶だけじゃなくあんたを含めた写真が撮りたい」
その申し出に疑問は浮かぶけど、断る理由もないので了承のサインとしてひとつ頷く。すると躊躇いもなく連写した後、少しスマホを操作してポケットに仕舞った。
「そんなに撮る必要あった?」
「多くの写真の中から最高の一枚を選び取るのが写真家としてのマスト」
「いつ写真家になったの……」
「生まれた時からかな」
そんな話をしていると私のスマホが震える。穹くんに断りを入れて画面を開くとメッセージの相手はなのかちゃんだった。
【穹からアンタとお茶してるって写真付きで自慢されたんだけど!】
【ずるい!】
【今度はウチともお茶しよ!】
どうやら先ほどスマホを操作していたのはなのかちゃんに写真を送るためだったようだ。自慢とは、と思いつつ返信を返す。
【もちろん。せっかくなら姫子さんも誘って三人で女子会しない?】
【いいね、女子会やろ!】
【今度はウチが穹に自慢用の写真送っちゃお〜】
きりの良い所までやり取りをして画面を閉じる。顔を上げれば相変わらず何を考えているのか皆目見当がつかない顔をした穹くんと目が合う。
「さっきの写真はなのかちゃんに送ったんだね、いま穹くんに自慢されたって連絡が来たよ」
「いつもはなのが、あんたと仲が良いって自慢してくるから」
少しばつが悪そうにそう溢す。なのかちゃんが私との仲を自慢していたとは初耳だ。なんとなく照れくさくて誤魔化すように紅茶に口を付けた。すっきりとした後味の優しい甘さが広がって、いい買い物をしたなと思う。
「結構飲みやすいな。これ、なんのフレーバーなんだ?」
「毬牡丹だよ」
そう告げると彼は分かりやすく動揺した。ティーカップの中が波立って、危うく零れるところだった。
「どうしたの?毬牡丹って何か曰く付きだったりする?」
「そんなことは無い。寧ろ珍しい花だからよく市販に出回っていたなと驚いただけ」
「本当?」
「俺のこの曇りなき眼を見てくれ。到底嘘を吐いている人間には放てない輝きをしているだろ」
「う〜ん、そうだね」
正直嘘かどうかは分からなかったけど、しつこく掘り下げるような話題でも無かったので流す事にした。二人ともカップの中身が空になった頃にティーポットから追加を注ぐ。
「この砂糖は七彩虹をイメージしてるんだって」
「ああ、道端によく咲いてる奴か」
「そう。カラフルで可愛いよね」
一粒摘んで紅茶の中へ落とす。ティースプーンで緩くかき混ぜてから口に含む。先ほどとはまた違ったまろやかさでどちらも甲乙つけがたい。
「なぁ、あんたはよくなのと出かけているだろ?今度さ、時間がある時に俺とも出かけてほしい」
「えっと、良いけど。どこか行きたいところでもあるの?」
「黄金シアター。今度恋愛劇の公演があるらしい」
意外な申し出に目を瞬く。恋愛劇、となると一人では見に行き辛いのかもしれない。私も内容が気になったのでその申し出を受ける事にした。
「穹くんが恋愛劇か。こう言ったら失礼かもしれないけど、なんだか意外だね」
「この前あんた恋愛小説読んでただろ。こういうのが好きなのかと思って」
以前のやり取りを思い出す。私はこの世界について勉強する息抜きに娯楽本を読むことが多いのだけど、ちょうど流行りの恋愛小説を読んでいるときに穹くんと居合わせたのだ。
その時彼に恋愛小説を読んでいることが意外だと言われたけれど、逆の立場で同じセリフを言うことになるとは思いもしなかった。
「私は好きだけど、穹くんはつまらなくない?」
「楽しみ方は色々あるから、気にしないで」
それは暗に興味が無いと言っているのでは……?とも思うが本人が気にしなくて良いというのであれば、その厚意に甘えさせて貰おう。
◆
「ナタの父親は毎年、結婚記念日に毬牡丹を妻に贈っていたらしい」
「花言葉は永久不滅の愛」
「これは遠回しにプロポーズをされたのでは?」
「何故そのような結論に至ったのかは不明だが、恐らく彼女にそういった意図は無いと思うぞ」
彼女とのティータイムを終えた俺はそのまま丹恒の車室へと駆け込んだ。デスクで書物に目を通す彼の周りをうろちょろしながら話しかけるが、こちらへ一瞥もくれることなくバッサリと切り捨ててきた。
「さっき彼女とお茶をしたんだけど、その茶葉が毬牡丹だった」
「……ハァ、それで?」
「彼女は俺に毬牡丹のお茶を出した、これはプロポーズ。そして俺は彼女が差し出したお茶を飲んだ。これは了承の意。……ということは既に結婚している?」
「思考が飛躍しすぎだ」
そもそも、そう呟き丹恒は本を閉じてこちらを向く。ようやく目線が合って嬉しかったのでとびきりのスマイルをお見舞いした。丹恒はスルーした。俺は悲しくなった。
「確かに毬牡丹は恋人に贈るものであるし、花言葉は永久不滅の愛だ。だがお前たちは恋人ではないし、他にも忍耐、究極、短い永遠といった意味もある」
それ以前に花を直接贈るのではなく紅茶にするのは遠回しすぎないか。丹恒の正論に俺は膝から崩れ落ちそのまま床に倒れ伏した。なんでこの部分の床だけ波打ってるんだろうな。丹恒の趣味かな。
「オイ、床に寝転がるな。汚い」
「俺は汚くない……」
「街中のゴミ箱に自ら突っ込んでいく奴が汚くない訳無いだろう」
「だってゴミ箱が俺を呼んでいるから……それにシャワーもちゃんと浴びた……」
頭上からため息の零れる音がした。床に突っ伏しているから見えないが、たぶん呆れた顔をしているのだろう。
「こういった相談は俺じゃなく三月にすればいいだろう」
「だってなのが丹恒は恋の百戦錬磨王って言ってたし……」
「アイツはまた適当な事を」
丹恒はさらにため息を吐いた。このままでは丹恒の体の中にある幸せが全部逃げ出してしまうかもしれない。俺は立ち上がって彼の周りに逃げた幸せをかき集める作業に勤しんだ。
「何してるんだ」
「丹恒の中から逃げ出した幸せを捕まえてる。おそらくこれで全部だ、返すよ」
「……」
丹恒は感動のあまり言葉を失ってしまった!これは崇高なる道徳の賞賛を貰ってもおかしくない、なんて良い事をしたのだろう。
「お前は恋に対して猪突猛進だと思ってはいたが、こうも空回っている様を見ると不思議な気持ちになる」
「人類は総じて恋をすると知能指数が下がるからな、仕方ない」
俺は机の縁に浅く腰掛け、丹恒の方を見る。
「好きな人の前では格好良くありたいのに、なかなか上手くいかないな」
星のさざめきが静寂に溶ける