「ウチと線香花火バトルで勝負よ!」
「……穹くん?その裏声は一体?」
「なのの真似。結構似てたと思うんだけど百点中何点?俺的には百二十点」
「自信が凄い。多分なのかちゃんが聞いたら怒ると思うので三十五点で」
「厳しい!」
後ろから声をかけてきた穹くんは両手に持った線香花火をクロスさせ、なのかちゃんの声真似をしながら謎のバトルを仕掛けてきた。情報量が多すぎて頭の中が渋滞事故を起こしそうだ。
「線香花火バトルって?」
「どちらがより長く線香花火の火を落とさずにいられるかの勝負」
彼の事なのでどんな奇想天外な勝負を仕掛けてくるのかと戦々恐々としていたが、名前から想像できるようなシンプルな内容で拍子抜けしてしまった。普段の行いのせいかちょっとだけ穹くんの提案に身構えてしまうのだ。いや、基本的に良い人なのだけど偶にとんでもない事を言い出すから……。
そんな言い訳を頭の中につらつらと並べながら周りを見渡す。今日は様々な星で知り合った人達を呼んで海辺でバーベキューをしていた。親睦会、慰労会。名称はなんであれ皆で集まろうという話になり、時間の合う人で集まった。国の関係などでどうしても来ることが出来ない人が居て残念だが、そちらに関してはまた別の機会を設けようという事で落ち着いた。
昼間に集合して流しそうめんやかき氷を食べたり、海で遊んだり。日が暮れてからバーベキューを始めて、今は海岸で手持ち花火をしている人が多い。私はというと、姫子さんやヨウさんと後片付けをしていた。二人には向こうで遊んできてもいいのだと言われたけど、なんとなく居づらくてここで手伝いをしながら時間を潰している。
まるで元居た世界と変わらないような夏の風景で、混乱する。ここはまったく知らない世界だというのに、私の知ってる世界と地続きになっているような感覚。目の前に広がる光景を見ているとこちらとあちらの境界が曖昧になってしまって、わからなくなる。
帰ってこれたような気がする。そもそも、ここは私の居た世界の海岸なんじゃないかとすら錯覚してしまう。そんなことは無いというのに。
勝手に落ち込んでしまっては楽しんでいる人の迷惑になってしまう。せっかくここで伸び伸びと息抜きをしているというのに、こんな辛気臭い人間が傍に居ては興覚めだろう。そう言うわけで、賑やかな場所から離れてひっそりと過ごしていた。
片付けも一段落ついたので、私は飲み物を片手に花火を楽しむ人たちを眺めていた。白い煙と、色とりどりの光。鼻に特有の火薬の匂いがして、もうすぐ夏が終わるのだと感じた。
そんな風にぼんやりとしていた時に穹くんに話しかけられたので反応が遅れてしまった。あと、裏声だったので誰に声をかけられたのかわからなかったから振り返った時にビックリしてしまった。どこからあんな声を出しているのだろう。
「そういう訳でバトルの準備は整っている」
「えぇ……ちなみに拒否権は?」
「無い!」
輝かんばかりの笑顔だった。私はそっか……としか返せなかった。穹くんは私の手を掴んで皆から少し離れた場所に歩き出した。当たり前のように指先が触れる。数歩前を歩く彼の背中を見つめながら、胸の鼓動が早まっていくのを感じた。
しばらくして立ち止まる。彼は腕にぶら下げていた袋から線香花火の束とロウソク、ライターを取り出すと砂浜の上にセッティングを始めた。
「公平を期すためにロウソクを二本立てます」
「着火からの数秒の差が命取りですもんね」
「同じ種類の線香花火をそれぞれ一本ずつ持ちます」
「これが無くては始まりませんからね」
「後は火を着けるのみ……。ね、簡単でしょ?」
いつのまにか三分クッキングの助手にされていた。どうやらこの世界にも似たような配信があるらしい。どこの世界にも同じような考えをする人はいるものだ。
「それでは、いざ尋常に……!」
同じタイミングで火を着ける。少しして、ぱちぱちと火花が飛び散り始めた。小さかった火の玉も時間が経つにつれ力強く弾けだす。こうしてみると、儚いイメージの線香花火にも迫力があって目が離せない。
「あっ」
隣を見ると、穹くんの線香花火の火の玉がぽとりと地面に落ちていた。暗がりに見えるその横顔は哀愁で満ちている。突如、勢い良くこちらを振り向いた彼に驚いて私の持っていた花火の火も地面へと落ちた。
「今のは強すぎる俺へ世界の意思が働いただけだ。本当の俺の力はまだ発揮されていない、二回戦を所望する」
「もう一回やるの?」
「うん。せめて散り菊まで見たい」
勝負そっちのけで線香花火を楽しんでいる。燃え方の名称まで覚えていて、花火以外でもこういった細かい知識を備えている所を見ると博識だなぁと毎度感心する。
「向こうで皆と遊ばなくていいの?」
私がそう言って指をさすが穹くんは首を横に振る。それに困ったように笑えば、彼は口を開く。
「もう十分に遊んだし、俺は殿堂入りしたから」
そう言われて、先ほどの彼の様子を思い出す。手持ち花火を一本持って佇む丹恒さん、二本持って空中に絵を描くなのかちゃん。それから指の隙間に一本ずつ、計八本の花火を振り回す穹くんが居た。確かにめちゃくちゃ楽しんでいる。なんならねずみ花火を撒き散らして丹恒さんに怒られていた。いや、まあ十分に楽しんでいるかもしれないけど。
「あんたも別に、向こうに行く気は無いんだろ?」
その問いかけにコクリと頷けば、じゃあ俺もここにいると新しい線香花火に火を着け始めた。私も彼に倣って花火に火を着ける。
ぱちり、ぱちり。小さな火の球が少しずつ弾けていく。その様子を二人で眺めた。さざめく波の音、それから少し離れた場所に居る人々の楽し気な声。不思議と、どちらも遠く感じる。
隣を見る。夜に包まれた空間で、花火に照らされた彼の顔が私の傍にある。肩が触れてしまいそうなこの距離に、穹くんはなにも思わないのだろうか。
秘めやかに純情