「なまえのSP、見てきた中で一番よかった」
今日の出来は最高だ。会った人が口を揃えて私に言ってくれた。褒めてくれることは、とても嬉しい。だけど、このSPを滑ることによって私の心は傷ついていった。その理由は簡単だ、私の日常がSPのテーマ通りになってしまったからだ。
テーマは、失恋。この物語は、初めて好きになった人と恋人関係になり、順風満帆な日々を過ごしていたら、突然彼から別れを切り出され、他に好きな人ができた、君とは終わりにしたいと言われる。彼の前で少女は聞き分けの良い子を演じていたため、何も言わず了承し、別れた後に嘆き苦しむといった内容だ。SPの数日前に私は恋人と別れを告げられて、今回このプログラムに挑んだのだ。
結果は1位だったが、喜べない自分がいる。このSPを滑り切っても、私の気持ちは晴れることはない。未練だけが残って行き場のないこの気持ちを明日のFPのテーマである、失恋を乗り越えた強い女に変えていかなければならない。
「なまえ」
あの男のことは忘れよう、なんとしてでも明日のフリーに向けて気持ちを切り替えようと、俯いていた顔を上げると、ヴィクトルがいた。1人になりたくて人が来ない場所を選んだはずなのに、どうしてこんな所にいるんだろう。
「ヴィクトル、お疲れ様」
「なまえもお疲れ様」
「私ね、初めて、SPで1位になったよ。フリーでどうなるか分かんないけど、この調子なら行ける気がする。あの、あと、明日も早いから帰るね」
暗い自分を見られたくなくて急いで会話を切り上げようとまた明日、ヴィクトルに告げて歩き出そうとしたら、突然腕を掴まれ引き寄せられる。ヴィクトルの腕の中にすっぽりと収まっている。
「ヴィクトル、どうしたの?」
「もう無理するのはやめなよ」
「何言ってるの?この通り元気だよ!」
笑顔を作って見せるとヴィクトルは私の頬に触れる。嘘つきはお仕置きしないとね、と私のほっぺを抓る。
「俺はね、なまえのこと見てきたからわかるんだ。そうやって強がって、誰にも弱い自分を見せないところ。何かあるとすぐ無理して笑うところとかね」
私の目をじっと見つめ、至近距離まで迫ってくるヴィクトルの顔。そして目元に触れる。触れられて、流れてくるのは生暖かい液体。頬にそれが伝って泣いていることに気がつく。
「ヴィクトルごめんね、泣くつもりはなくて…」
「謝らないで、ずっと我慢してきたんだね。誰も見てないし、いっぱい泣くといいよ」
ヴィクトルの優しさが胸に染み、涙が止まらない。泣きじゃくる私に対してヴィクトルはずっと頭を撫でてくれる。失恋で他の男に甘えるなんて最低なことだ。だけど今だけは、ヴィクトルの優しさに甘えていたい。この痛みがなくなるような気がしてとても心地よいから。