鳥太刀スピンターン!
 前を走行している車が急に減速した。鶯丸は僅かに瞠目し、冷静にブレーキをかける。キュキャッという摩擦の音と、グッと無音で起こる慣性とで、ぶつからずに済んだことを確信した。
「なん、」
 助手席でドア上のアシストグリップを握る鶴丸が何かを言う前に、前方の不躾な車は発進して行ってしまう。やれやれ。思って、鶯丸も緩やかにアクセルを踏んだ。
「運が悪かったなあ、鶯丸」
 鶴丸は犬にでも噛まれたかのようにからりと笑うと、センターディスプレイをいじって曲を流す。PE'Zの曲だ。
「まあ、そんなこともあるだろ」
 言いながら鶯丸は、なんでもないようにハンドルを握っている。その視線は、さっきよりも注意深く進行方向を見つめていた。
 グローブボックスを開いた鶴丸が、スマホホルダーを取り出してダッシュボード中央に設置する。パシャリパシャリと例の車のナンバープレートを二回ほど撮影すると、録画モードにしてスマホをホルダーに固定した。
 グン、とまた前車の不自然な減速に、鶯丸は先ほどよりも断然に落ち着いて対処した。そして同じことの繰り返しである。
「完全に煽られてるな」
 くくく、と鶴丸が笑う。
 こういう場合に標的とされるのは、基本的に軽自動車だ。軽自動車は女性が乗っている確率が高く、このような煽りには泣き寝入りすることが多い。煽り屋はそれを狙っている。
 だが、鶯丸が乗る車はボルボ社のXC60。ゴッテゴテのゴッツゴツの外車だ。
「ローンがまだだからな……。ぶつからなければいいが」
 そう言ってる間に、三度目の煽りがくるのである。
「あんまり悠長なことは言ってられんようだな?」
 じわりと真剣みを帯びた鶴丸に、鶯丸は無言でシフトレバーをカツンと左に寄せた。ドライバーディスプレイに、現在のギヤが表示される。
 このXC60は、オートマチックトランスミッション車だ。ドライブに入っているレバーを左に動かすと、マニュアルギヤシフトモードに変わる。エンジンブレーキが効くようになるのだ。レバーを前方へ跳ねればシフトアップ、後方へ跳ねればシフトダウンする。
「鶴丸、俺のスマホで前車にドラレコが載っているか見てくれ」
 言われた鶴丸が、鶯丸のスマホカメラでズームをして車内を確認する。ダッシュボードにもバックミラー付近にも何もない。
「無いな」
「わかった。どこかに捕まっていろよ」
「ほいきた!」
 カッカッ! と鶯丸が前方へ二回レバーを入れる。五速だ。エンジン音が高くなる。グイと後方へ引かれる感覚。
 対向車無し、後方車無し、前車の前は何も無い。道は一直線、幅も十分。
 四度目の煽り。前車の減速に合わせて一段ギヤを下げ、鶯丸はハンドルを切った。前車の右方スレスレに追い越すと、ブレーキを踏んで速度を落とし――パーキングブレーキを引く! リアタイヤのロックにより一気に減速して全身に重力がかかるが、鶯丸はそれを振り切るようにステアリング操作をした。
 ギャリギャリギャリ!! と耳障りなスリップ音。サイドターンによって前車の前へ躍り出た車体がドリフトのまま、また後方へ戻る。パーキングブレーキを解除して車体のバランスを取ると、心許ない走りをする前車をさらりと追い越した。
 元の車線に戻り、誰にも見られていないことを確認すると、鶴丸はスマホの録画を停止した。
「ナイス撮れ高!」
 興奮に顔を赤くしてはしゃぐ鶴丸の隣で、鶯丸はホと安堵の息を吐く。
「はあ……緊張した。初めてだったが、できるもんだな」
 ――沈黙。

「……きみ、ホント最高だな」


2018/07/07


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