脳味噌の煮物
 うだるような暑さ。まさにこれだ。
 地面から立ち昇る陽炎に、思考が惑わされそうになる。空気の揺らぎが眩暈を引き起こしそうだ。
「あつい!」
 縁側で水を入れた桶に足を浸しながら、鶴丸国永は喚いた。
「なんだって、こんな暑いんだ!」
 しなびた植物のように背を丸めながら、意味もなく吠える。その様子を、隣で同じく水に足を浸した鶯丸がぼんやりと眺めている。わあわあ言って気温が下がるわけでもなし、彼は静かにうちわで自身をあおいでいた。
「鶴丸……あまり叫ぶな。もっと暑くなる」
 鶯丸は鶴丸からツと目をそらすと、蜃気楼の向こうの畑を見た。野菜や穀物たちが、ぐらぐらと煮立つように揺れている。
 現在の気温は三十四度。さしもの鶴丸も、この暑さに驚きを見出すより、自分が涼しくなることを選択した。その結果がこれだ。
「こうも暑いと、意味もなく苛立ってしまうな」
 はーあ、と鶴丸は後ろへ倒れこむ。敷居が背中に当たるが、そんなことすらどうでもよいくらいに脳みそが茹で上がっていた。
 風が無いので風鈴も鳴らない。他に涼をとるには食べ物くらいだろうか。そうして鶴丸が冷菓へ思いを馳せていると、不意に影がさした。
「……どうした、鶯丸」
 仰向けに寝そべる鶴丸を日光から守るように、鶯丸が覆いかぶさっている。
「鶴丸…………」
 どろり。鶯丸の虹彩が溶け出したように錯覚して、鶴丸は瞳を瞬いた。
「……? おい、きみ、」
 言葉の続きが、鶯丸の喉の奥へ消えた。
 鶴丸は、肘をついて中途半端に上体を起こした格好のまま、鶯丸の口吸いを受け止めていた。
「ンッ、ぐ」
 鶯丸の、ぬらりと蛇のようにうねる舌が上顎を撫ぜ、歯列をなぞり、粘度の高い唾液を送り、鶴丸の舌と戯れる。貝が合わさるさまに似たそれは、ひたりと一寸の隙間もない。漏れる息すら惜しいとばかりに合わさる唇の端から、たらりと透明な汁がこぼれた。
 ちゅぱ、と艶かしい水音を立てて貝が開く。お互いにハフハフと犬みたいな息をしてから、また引き寄せられるように唇を重ねた。
 舌を絡めるたびに、じゅるりと液が泡立つ。ゾクゾクとした熱が腰を撫で回し、背まで駆け上がる。
「ッふ、ウッ……」
 息までもが混ざり合って、もうどちらがどちらなのかも知れない。相手の唇を貪っているうちに全てが混ざり合って、前後不覚に陥っている。
 パタタ、と汗が滴った。
「は、……」
 ちゅっと名残惜しげなリップ音をスイッチに、二人は自身を知覚した。
 肌襦袢もTシャツも汗まみれになり、べたりと肌にひっついている。思い出したように不快感が湧き上がった。
「……水風呂の準備でもするか……」
 鶯丸の影の中で鶴丸が呟くと、目の前にあるうぐいす色の虹彩がひゅるりと細まった。
「氷菓も用意しよう」
「風呂出たら冷菓だな」
 明日もきっと、今日みたいに暑いのだろう。


2018/07/24


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