因子は夢の中にて候
 ある日の真夜中のことである。
 鶯丸の同室である鶴丸国永が、苦しそうに呻いていた。
「穴を、穴を掘ってくれ…… 本丸の裏手、畑を超えた奥に……」
 それは、どうやら寝言であるらしい。あまりにも詰まったような、押し潰されたような声で言うものだから。未明の時分、鶯丸は、大きなスコップを手に取った。

 朝である。
 すっきりとした顔で目覚めた鶴丸に、鶯丸は言った。
「お前が言った通り、穴を掘ったぞ」
 しかし当の鶴丸は、昨晩のことは喉元を過ぎた様子で、けろりとしていた。なにも知らない顔だった。
「そんなこと言ってないんだがなあ」という。「夢も見てない」という。
 なんだ、じゃあ掘り損だ。思っても、鶯丸は口には出さず飲み込んだ。掘ったのは、確かに鶯丸の勝手だったのだから。
 その日のうちに、穴をきれいに埋めなおした。が、しばらくすると、また鶴丸が呻くような寝言を言うのだ。
「穴を…… 馬小屋の裏手、祠の手前に……」
 仕方あるまい、と鶯丸は思った。また掘ろう。未明、寝床をそろりと抜け出して、鶯丸は穴を掘った。

 その朝である。目覚めた鶴丸は、けろりとしていた。
「穴ァ? なんでまた。はあ、俺が。掘れと」困惑が見てとれた。「すまんがな、夢にも記憶にもない」困惑。
 仕方ない、また埋めておこう。鶯丸は思った。口には出さなかった。
 そのやりとりを、3回、4回、5回と繰り返した。あまりにラチがあかない。鶯丸は、掘った穴を埋めるのをやめた。そのままにしておいたのだ。
 掘らないでおいて、真夜中、苦しそうに呻かれるのも懲り懲りだった。

 そうしたら、だ。
 鶴丸は、ひどい寝言の代わりにふらりと外へ出るようになった。ちょうど寝言を絞り出す時間――真夜中だ――なので、最初は厠かと思っていたが、どうにもおかしい。
 出歩く頻度が高くなっている。
 なにをしているのだ。そう思った鶯丸は、夢遊病患者のように出歩く鶴丸を追いかけた。ら――

 穴に、すぽりと彼がおさまっている。

 ゾッ――と。
 なぜ? どうして? ――わからない。
 首筋が、ぞぞぞと寒くなった。ぐるりと喉が鳴って、きゅううとすぼまった。ヒュウ、と呼吸が音を立てた。手のひらから、足の裏から、発汗しているのがわかった。
 とんでもないほどの恐怖だったのだ。
 慌てて鶴丸を穴から引き起こして、バタバタと部屋へ連れ帰った。
 そのあと直ぐ、本当に直ぐ、穴を埋めてしまった。

 鶴丸国永のひどい寝言は、今でも鶯丸を苦しめている。


えふさんの鶯鶴は、あなをほる 鶯丸×寝言がひどい鶴丸です。
#日替わり鶯鶴
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2018/10/04 Twitterにてアップ
2018/10/04 修正・改稿


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