伝える
仙月が言うことが本当なら、もう知っているのだろうけど、この人が知っていることと、俺が報告しないことは別問題だ。深呼吸をする。何を言われても、取り乱したりしないように。
「先生、」
「うん?」
「あいつは、仙月は夜来香のオリジナルを探していると」
「へぇ……?」
先程の会話を伝える。『オーナー』に動揺の色は見えない。事前に知っていたかのようにも、初めて聞いたかのようにも見える。
「――夜縁はうちが奪ったって?」
「そこまでは……、ただ心当たりはないかと聞かれました」
「うちはヤクがご法度だって知っているはずなのにねぇ」
「仙月はただの睡眠導入剤と宣ってましたけど?」
「それを信じられると思う?……夜縁が扱っている以上純粋な睡眠導入剤というのはありえないと思う」
「まぁ、恐らくそうでしょうね」
「夜縁、追跡しますか」
「いや、今は少しでも事を大きくしたくない。龍胆紫とも話してみるけど、ココで龍胆紫の違法薬物が流通してたなんて言ったら
「
「だから怖いんだよ……!」
「あはは、そうでした」
「しかし夜縁は龍胆紫と結託はしていないのだろう?」
「本人はそう言ってました」
「でもアレは紫蘭のコマだ、それを紫蘭が知らないなんてことはありえない。龍胆紫と見ていいだろう」
「……、」
「夜来香についても、夜縁の言う夜来香についても、もう少し調べる必要はあるね、流出元はどこなのか、これだけ足止めしても内部に入り込む所以は何か、とか」
「……まさか、間者がウチに?」
「ゼロってことは無いだろうね」
「………それで……、」
……間者と聞いて妙に納得した。仙月は何故か俺に対して甘いし、俺はアイツと関係も持ってしまっているし。龍胆紫の一員と仲のいい自分が不信感を持たれてしまっても不思議では無い。
龍胆紫と関係のある槐黄の鬼人、そいつを泳がせておけば必ず深部へと潜り込める。二重スパイの扱いだったのか、俺は。
「黙?」
「いえ。分かりました、やっぱり俺も仙月にもう少し踏み込んでみます」
「……おい待て、お前まさか単独で夜縁に乗り込むつもりか?早まるな」
「……だって現状そこしか大きめの手がかりはないでしょ、それに俺なら……」
「それは私も反対だよ、黙」
「先生……」
「ただでさえ今日も襲われかけていたんだ、むしろお前があいつらに狙われてると言っていい」
反対されるのは意外だった。仙月の言う通りの人ならもっとスパイとして活躍して欲しいはずなのに。危険を犯すことに心配されている。
「でも……」
「……龍胆紫が黙を狙っているなら、お前が行ったとて鴨葱だろうな、夜縁の言葉を思い出して少し冷静になってみろ」
「……、分かった」
「今日は疲れているだろう、詳細は明日以降追って連絡するから今日は休んで。ね?」
「了解、しました……」
「……」
その視線には本当に労りの気持ちを感じる。
こんな人が本当に無断で俺に咒式を仕込んだのか?
咒式のこと、聞くべきだろうか。
聞いたらきっと俺たちの関係は終わってしまう。それは、このタイミングでするべきなんだろうか。俺には分からない。ニノマエを見る。目が合った。そして彼は少しため息を吐いて下手くそに笑って見せた。ほんとうに申し訳なさそうに。
「……その、……ごめんね、」
その謝罪は、事実を認めることと同義だ。
嗚呼、そうか。やはり、仙月の言葉は真実だったらしい。本人に真実を告げられてしまった。
「そ、れは何の謝罪です?」
舌が縺れる。聞きたくない。
「……お前の疑念に対しての」
「あ、貴方が警戒するのは当然ですし、誰でも心は許してはいけません」
「お前を信頼してない訳じゃないことは信じて欲しい」
「……ええ、分かっています。貴方に救って貰った命ですから、いくらでも好きに使って貰って構いませんよ」
「そういう恩を売るためにお前を拾った訳じゃないんだけどね……。信じて、なんて言えた義理じゃないけど」
(信じて、か)
(ある意味信頼されていると言っていいのか)
(……ならば、それに応えなければ)
(やっぱり仙月に着いていくべきだった)
「ふふ、なんであんたが泣きそうになってるんですか、確かに黙ってたのは、その、ちょっと悲しかったですけど、当然かなという気持ちもありますし、気にしないで下さいよ!俺も気にしないし、ね!……えっと……、それでは……」
「黙。」
「……はい、」
「その件については少し話したいことがあるから、…… いずれ時間を作って欲しい」
「え?いやもう分かってますから、そんな……気にしなくてもいいですって」
「……でも、」
「あは、失礼します」
もう、あの顔を見たくなかった。なんだよ、信じて欲しかったのは俺なのに。敵を探るの為の使い捨ての駒でいいのに、お前がなんであんな顔するんだよ。
「……はぁ、」
後ろ手で扉を閉めて溜息を吐く。
信じるってどういうことなんだろう。もう分からなくなってしまった。
「……っ、」
感傷に浸る間もなく襲い来る目眩。
──この感覚は覚えがある。魄が不足している。
魂だけの存在の自分は定期的に鬼人から魄を分けてもらわないと生きてはいけない。
魂と魄。精神と肉体。現世での生が終わってしまった鬼人が基本的に持っているとされるもの。
しかし偶に、肉体である魄を有していない個体がある。
基本的に現世で命が終わるとき、肉体と精神は共に埋葬されるはずだが、上手く埋葬されていなかったり、その肉体を誰かが恣意的に隠していたり(趣味の悪い魄コレクターなんかもいる、現世でも仙嵬郷でも)、そう言った魂だけしか仙嵬郷に来ていない個体。
そういった個体は肉体がない為、いつ消えてしまってもおかしくない。
魂が消えれば存在も消えてしまう。
精神の魂を削る咒式も魂だけの存在には少し痛い。
大抵仮魄に魂を定着させる者が殆どの中、自分のような仮魄を使っていない鬼人は魄を有する個体から魄を分けてもらう必要がある。
いわゆる魄の接触が定期的に必要で、咒式を組み込んで魄を得る方法はある。ただこういったものは長時間の接触が必要で、いちばん手っ取り早いのは魄の体液を内部に貰うこと、唾液でも血液でも精液でも何でもいい。
魄の不足した魂は不安定で、不足している状態では心身に悪影響を及ぼしやすい。
魄が無いことを伝えること、それは弱みを晒すということだ。それらは進んで伝えることではない。
魄があっても無くても鬼人は快楽に従順なので行為に誘った時点で断られることはまず無いのだが。
(先生に言えば多分すぐ分けてもらえるだろうけど……)
(いや、今は)
ニノマエの思惑は兎も角、俺のやるべき事──仙月。
龍人族の商人。今日逃してしまった密売人。引っ掻き回すだけ引っ掻き回した奴を見逃してしまった。
(純・夜来香……)
鴨葱と瞭は言ってたけど鴨葱ならいっそ食われてしまった方がいいんじゃないのか?
「そうだ、仙月……!」
お誂え向きだ、魄が欲しいという名目で仙月を呼び出せばあいつはすぐ来てくれる。
1度魄が不足して倒れてしまったときに仙月に助けて貰ってからなんとなく関係が続いてしまっているのも事実。
(不誠実かな)
そう思いつつ。
槐黄は居心地がいいけど、こういうとき逃げる場所があるのは少し助かる。
あいつの執着の意味はまだ分からないけど、利用できるなら利用するのみ。仙月には少し申し訳なくなるけど、あれだけ騒ぎを起こしてんだからお互い様だよな。
端末を取り出して仙月の連絡先を探す。
──あった。
電話をかけようとして、受話器のマークをそのままスワイプする。
「小黙、だーめ」
……のを止められた。こんな呼び方をするのはあの人しかいない。
「せ、んせ……」
背後から伸びてきた指が通話終了を押している。
「やっぱり、1人で乗り込むつもりだったんでしょ」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「じゃあこのタイミング夜縁に連絡する理由は?」
「えと、そのぉ……、魄が足りないから、ちょっと貰ってこようかなぁと思って……」
「その前に私のところに来るべきだよね?」
「あぇ、はは……えっと、今から行こうと思っててぇ……」
我ながら下手すぎる言い訳だ。
いつも魄を貰っているのに、魄が不足したらニノマエへ伝えるように言われているのに、こんな時だけ行かないなんて不審すぎる。墓穴を自ら掘っている。
「嘘が下手だね小黙?そんなんじゃ夜縁にも、それこそ鴨鍋のようにぱくっと食われちゃうよ」
「……それなら本望ですよ、ちゃんとあんたに貰ったコレも付けてくからさ、それなら使命は果たせるでしょ?」
「それはダメって言ったでしょ」
「なんで?あんたが言ったんじゃん、間者がいるって、だから俺はそれを果たそうと──」
「は?待って私はお前が間者なんて思ってない」
「え?だってさっき……、え?」
「何を思ったか知らないけど……、うーん、もう少し我々はしっかり話す必要があるみたいだね?」
「別に、話すことなんか」
「私にはあるよ。それに今日の魄の補充もまだだろう」
「要らないよ、仙月に貰う」
「駄目」
「なんで」
「駄目、許さない」
「……なんでだよ 、いっつも許してくれるじゃん」
「それはお前がちゃんと戻ってくると確信しているからだよ。今回お前を送り出したらきっと帰ってこない」
「そんなこと……」
「ない、と言い切れるかい?今私と、槐黄を信用し切れない状態で夜縁の言葉を真に受けないと誓えるかい?」
「……そんなの、分かんないよ」
「そうだろう。それが答えだ」
「誰のせいで信用出来なくなってると思ってるんだよ、『先生』?」
「そうだね、私のせいだよ。だけど黙、お前はひとつだけ勘違いをしている」
「なに、」
「何があろうと、私はお前を離す気はない。ましてやあの夜縁なんかには絶対に渡すものか」
「……っ、わ、分かんないよ、仙月もアンタもなんでこんなただの鬼人に執着するんだよ!記憶も魄もない欠陥品なんだぞ」
「だから、聞いて欲しい。私と、その咒式の意味を」
「先生……?」