伝える必要はない
いや、仙月の言うことが真実なら、オーナーはもう知っているのだろう。また改めて言う必要は無い。まだ不鮮明な部分も多い。今回の件は仙月は関係がなかったようだけど、それが本当に嘘か真かも分からない。それを確かめるためにも、もう少し調べる必要がありそうだ。
仙月は俺なら通してやるって言っていた。
そういう意味の"信頼"ならば自分が仙月のもとへ行くしかないだろう。
「いいえ、報告は以上です」
「……うん、お疲れ様。詳細はまた追って連絡するから、今日はゆっくり休んで」
「はい、失礼します」
「……」
後ろ手で扉を閉める。
ニノマエに報告をしてしまえば自分の今日の職務は終わりだ。
「……っ、」
溜息をついて深呼吸する間もなく目眩に襲われた。
この感覚は覚えがある。魄が不足している。
魂だけの存在の自分は定期的に鬼人から魄を分けてもらわないと生きてはいけない。
魂と魄。精神と肉体。現世での生が終わってしまった鬼人が基本的に持っているとされるもの。
しかし偶に、肉体である魄を有していない個体がある。
基本的に現世で命が終わるとき、肉体と精神は共に埋葬されるはずだが、上手く埋葬されていなかったり、その肉体を誰かが恣意的に隠していたり(趣味の悪い魄コレクターなんかもいる、現世でも仙嵬郷でも)、そう言った魂だけしか仙嵬郷に来ていない個体。
そういった個体は肉体がない為、いつ消えてしまってもおかしくない。
魂が消えれば存在も消えてしまう。
精神の魂を削る咒式も魂だけの存在には少し痛い。
大抵仮魄に魂を定着させる者が殆どの中、自分のような仮魄を使っていない鬼人は魄を有する個体から魄を分けてもらう必要がある。
いわゆる魄の接触が定期的に必要で、咒式を組み込んで魄を得る方法はある。ただこういったものは長時間の接触が必要で、いちばん手っ取り早いのは魄の体液を内部に貰うこと、唾液でも血液でも精液でも何でもいい。
魄の不足した魂は不安定で、不足している状態では心身に悪影響を及ぼしやすい。
魄が無いことを伝えること、それは弱みを晒すということだ。それらは進んで伝えることではない。
魄があっても無くても鬼人は快楽に従順なので行為に誘った時点で断られることはまず無いのだが。
(先生に言えば多分すぐ分けてもらえるだろうけど……)
(いや、今は)
「ああそうじゃん、仙月に……」
お誂え向きだ、魄が欲しいという名目で仙月を呼び出せばあいつはすぐ来てくれる。
1度魄が不足して倒れてしまったときに仙月に助けて貰ってからなんとなく関係が続いてしまっている。
(不誠実かな)
そう思いつつ、槐黄は居心地がいいけど、こういうとき逃げる場所があるのは少し助かる。
あいつの執着の意味は分からないけど、利用できるなら利用するのみ。
仙月には少し申し訳なくなるけど、あれだけ騒ぎを起こしてんだからお互い様だよな。
(先生たちに知られるわけにはいかないから、これは隠しておかないと)
耳からピアスを外して自分に割り当てられたスタッフルームの引き出しにしまう。一応感知遅延の咒式を掛けておく。先生にとっては焼け石に水かもしれないけど。
スタッフルームを後にして端末を取り出して仙月の連絡先を探す。
あった。
電話をかけようとして、受話器のアイコンをそのままスワイプする。
1、2コールもしないうちに電話が取られる。
『来来千客万来夜縁です〜』
「──仙、」
『おや、シーちゃん、さっきぶりー。珍しいね?
「今夜、空いてる?」
『勿論♡暇暇ちょー暇!あ、一応聞くけど『ソウイウ』お誘いで合ってる?』
「ほんとかよ。いや、うん、その、……助けてほしい、もう、足りなくて」
『好好。それなら熱烈歓迎〜♡機巧竜飛ばすから待ってて〜』
「え?いや自分で行くから場所を教えてくれれば」
『無問題。……というか我の場所は伝えられないから、ゴメンネ』
「あ、そう……」
(仙月のアジトを聞き出す術は失敗した。バレてるかもしれないな)
『……心配しなくてもおまえが欲しい答えはすぐ教えてあげるから、はやくおいで』
「ん、あれ?狙いバレてる?」
『シーちゃんって交渉下手だよね?』
「うるせ」
『でもそういう嘘が下手なところがキミの可愛いところだよ』
「あれ貶されてる!?」
『褒めてるのにー』
「褒められた気がしねぇな。分かったよ、待ってる」
『今はホテル?』
「……を出たとこ。スタッフ裏口な」
『ああ、あそこか。都合がいいね』
「仙?」
相槌を打ちながら煙草に火を着ける。鬼人の能力はこういう時は便利だ。
そろそろ新しいの買いに行かなきゃ。いや、仙月に手配してもらえばいっか。
『──誰にも見られる心配が無いからね』
アイツ俺の銘柄取り扱ってたっけ……、?
「──ぁ、?」
『可哀想なシーちゃん、我がぜぇんぶ解決してあげるからね』
【bad1】