怪物ふたり



※主人公の生い立ちが少し暗い。そして少し長めなうえ、終わり方が曖昧です。

北海道の冬は寒い。そんなことはとっくの昔に痛感しているのに毎年同じ恨み言を吐きたくなる。それでもまだ冬は始まったばかりだ。今日は市の図書館に本を探しに行かなければならない。レポートを書くのに使いたかった本が大学の図書館には置いていなくて、雪がちらつく中を憂鬱な気持ちで歩く。

重たい扉を開けると、外気で冷え切った頬をぶわっと暖房の熱が包んだ。目当ての本は一番奥の棚にあるらしい。ここまで歩いて来るだけでも億劫だったのに、本棚まで遠いなんて本当運がない。はあ、と溜息を吐き出す。壁際まで歩き右に曲がって息を飲んだ、人がいたからだ。慌てて避けたがふらついてしまって何とか両足で耐えた。転ばなかったことに胸を撫で下ろしていると、

「ここにもない、か・・・」

抑揚のない低い声が鼓膜を揺らす。目線を上げると、声の主が見えた。三十代だろうか、スーツ姿の綺麗な顔をした男だ。そこまで経って、はっとする。いけない、私も本を探していたんだった。男から視線を外して、立ち並ぶ背表紙を指で縫いながら目的の本を探す。あった。しかし、届かない。確か通路に脚立が置いてある筈だ。

「この本かな?」

伸ばした手を下ろしかけた状態で静止してしまう。声をかけられるまで全く気付かなかった。隣を見ると、やはりと言うべきか先程の男だ。左手に持った本を掲げてこちらを見る。自分が取ろうとしていたのは、確かにその本だ。

「あ…はい、そうです。ありがとうございます」
「難しい本を読むんだな。君は大学生?」
「ええ、まあ」

初対面の男にペラペラと素性を話すものじゃないだろう。相手が男性であれば尚の事。曖昧に答えた私を男は面白そうに見つめた。なんだろう、整った顔立ちだからか、そこまで嫌悪感はない。別に面食いというわけじゃない筈なのに不思議だ。手渡された本を受け取ると、男が穏やかに笑う。

「ここにはよく来るの?」
「まあ、そうですね…他で取り組むよりもここの方が課題が捗るので」
「成る程、確かに本の種類も豊富みたいだ。しかし、俺が探していた本はなかった。残念だけど他を当たることにするよ」

ふむ、といった様子で口元に手を当てて、そう言いながら眉を下げた。顔を傾けた拍子に目にかかった前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。男性にしては長い前髪だなと、どうでもいいことを思った。ちらと、さっき男が見ていた棚に目を向ける。

「もしかして、探しているのは"鬼"に関する本ですか?」
「驚いたな、よく分かったね」
「ここは大抵の本は揃っています。貴方が見ていたのはア行の棚でしたし、鬼関係の本は普通の棚には置いていないんです。それで、もしかしたらって……」

理由を話す私を興味深そうに見て、男はまた笑う。嘘くさい顔だ−−−そう思った自分に驚いた。早く帰ってレポートを仕上げなければならないから、あまり時間は取られたくない。どうして話題を広げてしまったのだろうかと、今更後悔しても遅い。「それではこれで」とは流石に言えなくて、結局その場所まで案内した。

「じゃあ私は行くので、
「ああ、これだ。ありがとう、助かったよ。俺は菊原桐郎、仕事で北海道に来ているんだ。君の名前は?」

さっさと立ち去ろうとしたのに、着いた途端に一冊を手に取って尋ねられる。どうして初対面の貴方に名前を教えなければならないのか。思っていることが顔に出ているのが自分でも分かる。それなのに開きかける唇に戸惑った。強要されているわけではないのに、逆らえない。怖いけれど、引き寄せられるみたいな感覚。小さく息を吐いて自分の名前を紡げば、今度は目を細めて男は笑った。その顔は偽りの笑顔じゃない、きっと心からの笑顔。ペリッと乾いた音を立てて、男の仮面が外れたような気がした。

−−−−−

何気なく視線を上げて、悟られないように溜息を吐く。向かいの席には男、もとい菊原さんが座っている。あの日から、図書館で勉強していると時々この人に会う。暇なのだろうか。仮に見かけても声をかけないでほしい。その所為か全く捗らない。おまけに今日の課題は教授が言っていた通り、かなり難問らしい。本を漁っても、このままでは進みそうにない。これなら家に帰ってじっくり取りかかった方がいい。とりあえず今読んでいる本だけ借りることにして席を立った。それに反応して菊原さんが顔を上げる。

「私、今日は帰りますね」

小声で言ってお辞儀をする。椅子を引く音がして慌てて顔を上げた。その姿は既に目の前にはなく、出口に向かって歩いている。一体なんなんだ。首を傾げながら、カウンターで本を借りて外へと出る。そして、間抜けな声が漏れた。

「この後の予定は?」
「え……帰って課題の続きをやります」
「あれだけ頭を抱えていたのに、自力で解けるのか?」
「少なくとも菊原さんの目の前でやるよりは捗るかと思います」

馬鹿にしたような言い方ではなく、本気でそう思っているような口調だ。心から"あれでは一生解けない"と。図星だからムキになって言い返した。もう子供という年齢ではないのだし、他人相手なのだからそんな必要はないのに。

「何故、怒っている」
「別に怒ってません、帰ります」
「俺は、この後の予定を尋ねた。君はまだ、それに答えていない」

頭がいい人間か、悪い人間か。彼は確実に前者だ。それは他人の私でも分かる。それなら『家で課題をする』=『時間はない』くらいの解は導いてほしいものだ。

「あの問題の解き方を教えよう」

背を向けたあと聞こえた言葉に、思わず歩みが止まる。しまった、これではまるで餌に釣られたみたいだ。でも振り向くのはプライドが許さない。もっと男受けのいい女だったら、課題の手伝いをさせて、さらにスイーツの一つや二つ強請って見せるのかもしれない。

「安心しろ、対価を求めたりはしない。ただの暇潰しだ。君は課題が片付く、俺は時間を潰せる。メリットしかないだろう」

対価とは、何を指すのだろう。お金か、それとも俗に言う身体を差し出すということか。そう考えたあとで独りでに笑みが零れた。欲を満たすためなら私よりも具合の良い女を選ぶに違いない。お金が目的であっても同じこと、もっと搾取できそうな人間にする筈だ。この人なら、私がそのどちらでもないことに気づかないわけがない。意図は相変わらず掴めないけれど、気を遣わない関係は楽だ。

「それじゃあ・・・1時間だけ、お願いします」

結論から言えば、彼の教え方はとても上手かった。自分の本を売りつけてくる大学の教授などより余程分かりやすい。どんな仕事をしているのか知らないけれど、教師に転身した方がいいのではないか。解けると楽しいとよく言うが、本当にその通りだと思った。途中、小さく声を漏らしながら笑われて顔を上げる。

「ああ、すまない。覚えたての小学生のような反応をするから、つい」
「・・・菊原さんも、そんな風に笑うんですね」

馬鹿にされたことに気づかないくらい、その表情に目を奪われた。初めて会った日に見たよりもあどけない、子供みたいな笑顔だった。元が整っているから心臓に悪い。火のない所に煙は立たぬ。胸の中で得体の知れない感情が、燃え上がる。

分不相応な恋だという自覚はあった。そもそもこれが恋情なのかすら怪しい。人を惹きつける魅力がある人だから、自分のこの想いが恋なのか、その魅力によるものなのか定かではない。花の蜜に誘われるが如く近づいて毒された、蝶の一匹だったのかもしれない。数える程しか会っていないけれど、当の本人はそんな能力もの望んでいなかったのだろうと思う。自分に溺れることはなくとも、それを最大限に利用して生きる強かな人だった。

「殺風景な部屋だな」
「余計なお世話です。ふたり寝られるスペースがないので、服が乾いたら帰ってください。傘を一本差し上げますから」

その日も菊原さんに課題を手伝ってもらった。帰る途中、雪が降ってきた。当たり前のように傘を取り出した私とは対照的に、彼は傘を持っていないと言う。冬の北海道なのだから、それくらい備えていてほしい。不本意ながら、相合傘でコンビニまで行ったのに傘は売り切れていた。それほど大きくはないし、風も吹いていたから、傘としての役割は担えずに二人とも濡れてしまった。そんなこんなで、私のボロアパートに招き入れたというわけである。

「大学に入ってから一人暮らしを?」
「いえ…親はいないので、高校までは院で過ごしました。血の繋がりはありませんが、家族もいます。最低限は自分で何とかしなくてはならないので大変ではありますけどね」
「そうか・・・・・どうした?」

息をするように一言だけ落とされた。驚きで思わずその顔を凝視してしまう。自分が不幸だと思ったことはないけれど、生い立ちを語れば決まって同情をされた。腫れ物に触るような扱いをする人間もいたし、薄っぺらい言葉を吐かれるのにも慣れた。

「貴方みたいな反応をする人は初めてだったので驚いてしまって、ごめんなさい」
「君は自分の生い立ちを然程悲観してはいないように見える。それに俺は、同情するほど君のことを知らない」

きっとこの人は、世間体や常識で物事を見ることはしない。それができる人間は少数であることも、自分がそこに属していることも彼は理解している。その本質を隠すこともしない。右向け右の世の中で、彼は自信を持って左へと進むのだろう。

「菊原さんは、強いですね」

窓から外を見ながら呟いた。雪は少し弱まっているみたいだ。ガラス越しに一度だけ絡まった視線を、先に逸らしたのは私。相手のことを知らないのはお互い様なのに、強さを押し付けてはいけない。もう会うのはやめよう。このこいは毒だ。私のような人間に、彼を理解することは決してできない。

「帰る?」
「ああ、北海道ここに留まる理由がなくなった」

表情ひとつ変えずに、淡々と告げられた。北海道での仕事が片付いたということだろう。自分でも驚くほど何も感じなかった。行かないでほしいとか、攫ってほしいとか、そんな考えは微塵も浮かんでこない。

「そうですか…二度と会うことはないと思いますが、お世話になりました。課題を手伝ってもらって、本当に感謝しています」
「俺にとっても有意義だったよ。君はなかなか興味深い存在だった」
「はい?」

はて、私は研究対象か何かだったのか。怪訝な顔をすると、覗き込むようにじっと見つめられる。恋愛ドラマならキスの一つでもするのかもしれないが、そんな気は一切起きない。同じ人間なのに、まるで全く別の生き物と対峙している気すらした。あまりに自分と違い過ぎたから惹かれたのだろうか。

「俺と君は決して相容れない…しかしどこか似ている、鏡の内と外のような関係だ。もし次に会ったら、その時は俺の話をしよう」

戸惑う私を残して、彼は消えた。次なんてない筈だ。そう思うのに、また会う予感がした。見えない引力でも働いているみたいだ。一度取り込んだ毒が、心を侵食していく。

−−−−−

菊原桐郎が私の前からいなくなって、7年が過ぎた頃。その顔も声も、霞がかかって思い出せなくなりつつある。私は北海道を離れて東京の会社に就職し普通に暮らしていた。春、人事異動によって職場が遠くなった。電車から見える桜が美しい。そう、私は凡庸な日々を送っていたはずだ、ほんの数時間前までは。

「貴方を襲った男は、一連の吸血殺人事件の容疑者として我々がマークしていました。未然に防ぐことができずに本当に申し訳ありません」

沢崎と名乗ったその人は、自分は鬼関連の事件を担当する刑事なのだと言った。男性らしい低い声と骨張った手に、ぶるりと身体が震える。目を閉じたら感覚が鋭敏になって、より鮮明にその光景を思い出しそうで、瞬きだけに留めていた。現時刻は午後11時。2時間前、職場から帰宅する途中で、私は強姦に遭った。沢崎さんが捜査するということは、犯人は鬼だったのだろう。確かに、普通ではなかった−−−赤く染まった瞳や鋭い犬歯は、どれも自分とは違った。

「ご自宅まで送りましょう」

きっぱりとした口調で沢崎さんが言ったとき、コンコンとノックの音が響いた。手を掲げて私に待つように指示をして、出て行ってしまう。扉の向こうて誰かと話している気配はあるけれど、内容までは聞き取れない。

「疲れた」

呟きが虚しく響く。身体的にも精神的にも、負荷のかかった一日だった。未だに体は強張っている。それでも、取り乱したり呼吸が儘ならなくなったりはしない。見知らぬ男に襲われたのに、私はどこか他人事だ。怖かったし、二度と味わいたくはない。でも肉体関係を築いている相手はいないから、今日のトラウマが露見することもない。これからは人通りの多い道を歩けばいいかと思うだけだった。

「苗字さん。実は、貴方の知り合いだという刑事が来ていまして…彼が家まで送ると言うんですが、大丈夫ですか?必要であれば、女性警官をお呼びします」
「あの、警察に知り合いなんていませんが……」

戸惑っていると、キィと音を立てて扉が開く。入室してきた人物を見て、驚愕した。たった一度の冬を一緒に過ごしただけだ。顔を思い出そうとしても朧げたったのに、こうして対面すると輪郭を縁取るように記憶が蘇る。

「菊原さん?」

放心状態の私を見て、彼は初めて会った時と同じく愉快そうに笑う。飽和していたはずの思いが、また音を立てて育つ気配がした。

予想外の邂逅に狼狽えているうちに、気づけば車の助手席に座っていた。運転席に座った菊原さんがナビに私の家の住所を入力する。沢崎さんに書かされた書類を見たのだろう。車が走り出しても特段会話はない。私も別に話したいこともないので、ぼんやり外を眺めた。

「俺の母親−優鶴−は、子供が嫌いだった」
「…そう、なんですか」

突然何の話をするんだと思ったが、ふと閃く。7年前のあの日、次に会ったときは自分の話をすると言っていた。そんなこと、今この瞬間まで覚えていなかったのに不思議なものだ。話を遮らず相槌を打つと、ふっと笑う気配がした。

「優鶴が仕事と恋を謳歌するため、長期休暇の度に俺は家政婦に預けられた。金銭的には余裕がある家で、生活に困ることはなかった」

母親という存在は、名前で呼ぶのが普通なのだろうか。彼は当然のようにそうしている。お金があるから幸せだとは限らない。けれど、同情するのも違う気がした。

「そんな生活に変化が訪れる。高校に入学し成長した俺を見て、優鶴は俺を求めるようになった。下の名前で自分を呼ばせ、肉体関係を強いるまで時間はかからなかったよ。俺はそれを享受した、何故か分かるか?」
「・・・欲しかったものだから、ですか。形は違くても、それまで与えられることのなかった愛情をその行為の中に見出そうとした」

高校生の菊原桐郎に己を投影して考えた。悲しい人−−−頭がいいから、それが母としての愛でないことは理解していたはずだ。その先に何もないことを知ってなお、進み続けるのは苦しい。

「そうだ。だがそれは、俺が求めていたものではなかった。そして、見ないふりをしていた確信に気が付いた冬の日に、俺は優鶴を殺した」

ある程度予想できた結末に瞼を閉じた。私に自分の過去を話してどうするつもりなのだろう、何を求めているのか。ふと外を見ると、少し向こうの川沿いに桜の木が並んでいる。なんとなく、この人には春が似合わないなと思った。

「私は何を言えばいいんですか。正直、菊原さんの意図が分かりかねます」
「俺の過去を聞いて、どう感じた?」
「・・・・悲しい人だと、そう思いました」

車が停まる。どうやら家に着いたらしい。数年前から住んでいるマンションが視界に入る。隣を見れば、感情の読めない瞳に囚われた。数秒後、彼は満足そうに笑う。

「7年前、最後に俺が君に言ったことを憶えているか。君と俺は真逆でありながら、よく似ている……不本意そうだな」
「違います、不可解なんです。どこが、どう似ているのか教えてください」

真逆なのは分かる。境遇といい、私は彼を理解できない。だが、類似点は一つもない。

「異質であるという点だ。君はあの冬、俺のことを強いと言ったな。まるで自分は弱いとばかりに。正反対の言葉を使うことで気付かない振りをした。自分の本質から目を逸らすな」

胸が嫌な音を立てる。それは少しでも心当たりがあるからか。もし彼が言うことが本当なら、7年前の線引きはなんだったのか。私のような常人に理解できるはずがないからと、あの気持ちに蓋をしたのだ。私と彼の本質が近いと、理解し合えると、彼はそう言っているのだろうか。

「常に君は傍観者に徹している。当事者でありながらも傍観者を貫ける人間は少ない。己の生い立ちも、今日の事件も、まるで他人事だっただろう。俺の過去に対しても、悲しい人だと思うだけ・・。同情というのは、その者の立場になり感情を共にすることだ。君は他人の感情に寄り添うことはしない、違うか?」

こんな風に真っ直ぐに、突き付けられたことはない。いつも一歩離れて物事を見ていた。自分の性質が、生まれつきなのか、後天的なものなのかは分からない。傍観者でいる方が楽なのは確かだから、無意識に徹したのかもしれない。

「そ、れは……っ、もしもそうだとして、何が言いたいんですか。人と違うことが共通点だから何だって言うんですか」
「俺は、君に興味がある。異質な者同士、惹かれ合うものがあるのだろう」

違う。私のこの思いは興味などではない。もっとドロドロとした、言うなれば欲望だ。理解したいという欲望。彼の言う通り、相容れないからこそ湧き上がってくる。7年前、自分のような普通の人間には、この人は理解が及ばないと結論付けた。もしも理解し合えるとしたら、どうなるのだろう。だって、どうやら私は常人じゃないらしい。

「そうですね…私も貴方に惹かれています。7年前は、自分が貴方に恋をしているのだと思っていました。ですが恐らく、これは恋情の類ではないです」
「やはり面白いな、自身の感情すら傍観しているのか。何故、恋情ではないと思う?」
「私が貴方に抱いているのは、理解したいという欲だけです。そこに愛しさや、性的欲求は伴っていないので」

恋を語れるほど、経験はない。誰かと交際していても私はやっぱり傍観者で、相手に愛しさを感じたことも、キスやセックスをしたいと思ったこともなかった。本当に恋をすれば、それらが芽生えてくるのだろうから、彼に抱く思いも現時点では、たぶん恋じゃない。

「なるほど、それはよかった」
「よかった?」
「俺は恋愛はしない。こうしよう、君が俺に恋情を抱いたときが、俺達が決別するときだ」
「その条件だと、私が貴方に恋をしない限り、この関係はずっと続くじゃないですか」

それもそれで悪くはないと思うのは、彼が既に他人ではないということを示している。この人といるのは楽だ。面倒な気遣いもいらないし、頭がいい人だから話していてストレスがない。自然と漏れた笑みを隠すことはしなかった。

「分かりました、付き合います。気が済むまで検証してください。歪な者同士で、どんなものが生まれるのか見物です。よろしくお願いします、菊原桐郎さん」

スッと差し出した私の手に、彼の手が触れる。母親を殺めたその手は、温かくて綺麗だ。この関係に名前などないが、私にとっては間違いなく非日常。どくん、と胸の高鳴りを感じた。それは、私が初めて当事者となった瞬間だったのかもしれない。



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