「あっ...!」
家までの道をひた走るわたしの頬にぽつりと落ちたのは、空からの冷たいしずくだった。
どんよりとした暗い空。いつ雨が降り出してもおかしくないその中をわたしは走っていた。理由は簡単、傘が無い。雨が降り出してしまう前に、と駆け足で帰っていたのに、無情にも空はわたしを待ってはくれなかった。
ポツポツと降り出した雨は次第に強さを増していき、悲しいことにそれはざあざあと音を立てるまでに至る。
あ、もう無理、とわたしは近くのお店の軒下に入り込む。助けを求めてみるか、なんて思ったけど、シャッターも閉まってるし、誰かいそうでもない。とりあえず雨宿りさせてもらおう。
「もう少ししたら、ちょっとは落ち着くといいなあ...」
そんな無謀な願いを1人つぶやく。
それから、5分、10分、と待ったけれど雨は弱まるどころか強くなる一方だった。
はあ、と大きくため息がこぼれ落ちる。
仕方ない、濡れて帰るか...
教科書が無事でいてくれるといいんだけど。
心配だけれどしょうがない、少しだけでも守ろうとかばんをお腹に抱え、意を決して軒下から一歩飛び出そうとした、その時だった。
「...なにしてんの?」
「へ、あ、月島くん!」
紺色の傘をさして、ヘッドホンを外したクラスメイトがわたしを見ていた。
わたしは慌てて飛び出そうとした軒下にまた戻り、今見られたことがなんとなく恥ずかしくなっておろおろと説明する。まさかこんなタイミングで出会うなんて!
「い、いや、傘が無いから、その」
「濡れて帰ろうとしてたの?」
「う、うん」
「......フーン」
月島くんはなにを考えてるのかわからない表情で、ただそれだけ言った。
なんだかいたたまれない。
よし、月島くんが二本も傘を持ってるとは考えにくいし、他に手段もない。うん、行こう。
「じゃ、じゃあね!また明日ね!」
わたしはヘラっと笑ってまた一歩、軒下から飛び出した。ら。
「あ、ちょっと」
後ろからの声、ぐいと引かれる......首根っこ。
「うぐぅ!?」
制服の襟、首の後ろをぐっと掴まれて引っ張られた。まるで猫かというようにわたしの身体はそのまま月島くんに引き寄せられた。
「あ、ゴメン、つい」
「ぐ...」
ちょ、首、締まりましたけど!?
なんなの、と後ろを振り返ると、わたしより高い高い場所に彼の顔がある。あ、なるほどね、この身長差では引き止めるにはここが一番素早く掴めたと、そういうことね。
と、ここでわたしは彼が傘を傾けてくれていることに気がつく。
「家どこ? 送る」
「えっ」
「濡れて帰って風邪ひいちゃまずいデショ?」
「へっ、あ、いいの?」
「......なんか、そんなマヌケな顔するんだね、みょうじさん」
「は!?」
ほら、行こう、ととても自然にわたしは肩を引き寄せられる。
「つつつ月島くん近くない!?」
「こんだけ身長差あるんだよ。離れてたら傘の意味なくなるじゃん」
「えっ、えっ」
「気が変わらないうちに早く歩いてよ」
「う、うん!...あの、ありがとう!」
「......別に」
そのあと、なにを話して帰ったかあんまり覚えてないけど、ずっとずっと肩に当たる彼の体温だけは、その後しばらく忘れられなかった。