「若利くんて案外わがままよね」
「わがままというか、強引だな、それは」
「......意外です」
「俺も!案外やりたい放題してます」
「五色、そこは張り合わなくていい」

そんなことを、部活が始まる前、アップをしている最中に言われた。
わがままなつもりも強引なつもりもない。「そうか?」と一言返せば、天童は「鈍いねえ」と笑うし、大平は「そこがいいところだろう、きっと」と俺の肩を叩くし、白布は「わかりかねますね」と淡々と言うし、五色は頭の上にハテナマークを浮かべていた。

わがままなつもりも、強引なつもりも、ない。俺はただ、席の近いあの女子のことを、俺も知りたいと思っただけ。


春。
3年生になって、この白鳥沢学園でバレーボールをする、最後の年。3年3組に割り振られて、新しい教室に入って、新しい自分の席に座る。と、隣の席にいたその女子。

「うわあ、牛島くんだ。大きい」

クラスが同じになるのは初めてで、それなのに自己紹介もなしにただ驚いた声をあげた。大きい。それがどうした、とその女子を見ると、ずいぶん小柄な女子だった。

「......お前は小さいな」
「ひどっ」

見たままの感想を言われたので、見たままの感想を返せば、そいつはからっと笑った。

「牛島くんと同じクラス、楽しそう」

そして俺のことを知っているような彼女は、俺の名前を当たり前のように呼ぶ。まだ自己紹介もしていない。お前は一体誰なんだ。

「なにが楽しそうなんだ?」

だけどその疑問を解消することには興味がなく、それより彼女の言葉が気になって尋ねる。すると、彼女は机に肘をつき、頬をその手のひらに乗せながら、にこにこ笑って言う。

「牛島くんのこと、知れること」

俺のことを知りたいというのか。よくわからない。バレーボールに興味があるのだろうか。とは言え俺の能力を知って彼女がそれを生かせる場などなさそうだ。なにを知りたいというのだろう。
よくわからなかった答えだが、だからと言ってそれ以上に追及する気も生まれず。俺はただ一言「そうか」とこぼして会話を辞めた。

「みょうじおなまえです」

新しいクラスで初めてのホームルームが始まり、恒例の自己紹介でやっと彼女の名前を聞いた。みょうじおなまえと言うのか。席が隣ということはまた話をする機会もたくさんあるだろうと、名前は記憶した。
午前中で終わった新学期1日目。俺は部活に行こうと鞄をとる。今日から新入生が入ってくるのだ。スポーツ推薦でここに来る者や、中学から上がってくる者はすでに春休みにから部活に混ざっていたが、そうでない者たちは今日からやっとの合流だ。どんなやつが増えるだろうか。

「牛島くん、部活?」

立ち上がれば、同じく教室を出る準備をしていたみょうじに声をかけられる。

「ああ」
「頑張ってね」
「ああ」

頷いて、応援の言葉を素直に受け取って背を向けると。

「また明日ね」

振り返れば、にこにこと笑みを向けてくるそいつ。小柄な彼女、とはいえ俺にしてみれば大抵の女子が小柄だが、彼女を見下ろしてまた一言、「ああ」とだけ返した。

部室に行けば、すでに居た天童、瀬見、大平が「お疲れ」と声をかけてくる。ロッカーに鞄をしまい、ジャージを出して着替えを始めれば、着替え終わって瀬見と話をしていた天童がひょろひょろと俺の近くにやってきて、その目を真っ直ぐ俺に向けた。

「若利くん、新しいクラスどーだった?」
「問題ない」
「そっかー、俺も!すごく普通だったよー」

くるりと一回転して、天童はジャージを羽織った。制服から着替え終えた俺も、ジャージを羽織る。ロッカーを閉め、振り返ると、部室のベンチに腰掛けている瀬見がいた。ちょうど見下ろす形になって、そういえばと思う。

「変な女子がいたな」
「えー?」
「変な女子?」

天童が面白げだと興味を持った顔をした。瀬見が俺の言葉を繰り返す。

「俺と同じクラスは楽しそう、だそうだ」
「あっ、若利くんのファン?」

天童の言葉に少し考える。ファンというのは、あれか、試合のたびに声をかけてくる女子たちか。そういう女子たちとは、少し違う気がする。いや、同じか?

「......わからん」
「フーン」
「小さくてよく笑っていた」
「可愛いの?」
「普通だ」
「ブフッ」
「名前は?」

天童はなにがツボに入ったのか笑っていて、瀬見が横から口を挟む。

「みょうじおなまえというらしい」
「らしい...?」
「特に自己紹介されていない」

大平が首を傾げる横で、瀬見が「ああ」と声を出す。

「その子1年の時同じクラスだったな」
「そうなのか」
「確かににこにこして人当たりいいヤツだった」

特別変なヤツってわけじゃなかった気がするけど、と遠い記憶を呼び起こしながら瀬見が言う。それにまたも「フーン」と興味を失いつつある天童が相槌を打つ。まあ、なんだっていい。クラスで起こる出来事よりも、大切なのはバレーボール。

「......行くぞ」

3年生になって、初めての部活。ガチャリと部室のドアを開け、その日それ以上にあの女子のことを考えることはなかった。

それから日々が過ぎるのは早いものだった。あっという間に4月は終わり、新しくなった教室にすっかり馴染み、クラスメイトたちにも慣れた。隣の席のみょうじも、同じ。

「牛島くん、宿題出来た?」
「無論だ」
「難しい言葉使うね、牛島くん」
「そうか?」
「わたし宿題よくわからなかったよ。受験生なのに先が思いやられるー」

そうして息をついた彼女はふらりと友人の元へと去っていった。
席が隣になってから、休み時間が来るたびに一言俺に声をかけて来るみょうじ。その他愛もない言葉に返事をするこのやりとり。この感じには覚えがある、と近頃何処と無く思っていたが、そうだ、とやっとある人物が思い当たった。

「お前は天童みたいだな」
「えっ?」

昼休み、持参した弁当片手に友達の元へ向かおうとしているのだろう、席を立ったみょうじに思ったことを言えば、彼女は目をぱちくりさせた。

「天童くんて、あの、バレー部の?」
「ああ」

それ以外におそらく天童はこの学年にはいない。頷けば、みょうじはきょとんと首をかしげ、戸惑うように口元をもごもごとさせた。

「わたし天童くんのことあんまり知らないんだけど......似てるの?」
「ああ」
「どのへんが?」

何処と無く腑に落ちない、と言う顔をして、俺を見る。

「そうやってよく俺の名前を呼んで、よく話しかけてくるところだ」
「えっ」
「わっかとっしくーん!」

びっくりしたように目を開いた彼女の、小さな声にかぶせるように聞こえてきたのは、ちょうど話題に上がった天童の声だった。振り返ると、にこにこ上機嫌な奴が教室のドアを開け、両手を挙げてひらひらさせながら廊下から俺に声を飛ばす。

「食堂行こーよ!」

へらりと呑気な声で俺を誘う。わかった、と返して席を立つと、天童をじっと見ているみょうじの姿。

「どうした?」
「いや...、似てるかなあ?」
「似ている」

はっきり断言すると、ますます腑に落ちなさそうな顔。

「みょうじ?」
「......」
「どうした?」
「似てないと思う...」

うーん、と頭をひねり考えるみょうじ。俺から見るとそっくりなんだが、と思ってふと気づく。そうか、みょうじは天童と話をしたことがないのか。そして思わず。

「お前も来い」
「へ?」
「食堂。一緒に来い」
「あ、でもわたし友達と食べるし」
「彼女らか」
「うん」

遠巻きに俺とみょうじを見ている、みょうじの後ろに姿が見える友人たちを見れば、みょうじはこくんと頷いた。

「すまん、みょうじを連れて行っていいか」
「えっ?」

彼女らに声を張って言えば、目を瞬かせて俺を見て、みょうじも同じく目を瞬かせて俺を見た。

「えっ...えっと...どうぞ?」
「え、みっちゃん、え!」
「よくわからないけど行って来い、おなまえ」

みょうじがみっちゃんと呼んだその女子と、隣に座る女子が頷く。みょうじは俺と彼女らを交互に見て戸惑うが、俺としては許可は下りたしこれ以上ここに居る理由はない。

「行くぞ」
「え、は、はい!」

声をかければしゃん背筋を伸ばしてみょうじは着いてくる。

「ちょっとちょっと〜」

廊下に出ると、天童がにんまり笑う。

「どしたの無理やり連れてきて。あ、もしかして君がみょうじちゃん?」
「え、うん」

ぎょろり、と大きな目を開けて、天童はみょうじを見る。う、とたじろぐみょうじは俺の後ろに隠れるように一歩下がった。

「君がね〜!で、どしたの!」
「ああ、ちょうどいいと思ってな」
「なにが?」
「お前とみょうじが似て居るから」
「どのへんが??顔??」
「いや、よく俺の名を呼んで話しかけてくるところだ」
「ブフォ!」

天童が吹き出した。何かおかしなことを言っただろうか。みょうじは頬を赤らめてため息をつく。

「牛島くんなんか恥ずかしいよ、それ」
「そうか、すまん」
「や、なんか、迷惑だったかな?」
「なぜだ」
「うるさかったかなあ、と思って」
「あれ、みょうじちゃんそれ、遠回しに俺の悪口?」
「いやまさか」

天童がみょうじににじり寄る。とんでもありません、とさっと俺の後ろに隠れたみょうじ。天童が面白れえ、と笑った。

「俺はうるさいと思ったことはないぞ」
「えっ、本当?」
「もっと話を聞いていたい」
「......!」

後ろにいるみょうじを振り返りながら言うと、彼女は俺の顔を見てぱちぱちと何度も瞬きをしてみせた。

「えーっ、若利くん嬉しいなあ、じゃあもっと話しちゃおうっと」

そんな彼女を見ていたら、天童が横から大きな声で割り入ってくる。その表情はどこか悪戯好きの悪い顔。

「天童がか?」
「え、なになに、俺だと不満なの?」
「いや、不満ではないが」

不満ではない。だけど、話を聞きたいと思うのは今のところ天童ではなく、みょうじの話を聞きたいのだ。似ていると思うふたりなのにその違いはなんなのだろうか。
と、ふは、と笑い出す声。見れば、みょうじが笑っていた。そうして俺を見上げて、笑う。

「まったく、牛島くんったら!」

そうして彼女は弁当片手に足取り軽やかに先を行く。
首をかしげると天童は「面白いね、若利くん」とにんまり笑うだけだった。


そうして話は冒頭へ戻る。
部活前の体育館。今日の昼休みのことを思い出しながら、答える。

「話したいと思ったから連れ出した」

そう言えば、大平はにこにこと柔らかい笑みを浮かべるし、白布は「俺にはできません」と告げる。そんな中、天童が天を仰いで息を吐く。

つまるところ
好きってことか


そう言われて、俺は頭を殴られでもしたかのように、鈍い衝撃を覚えた。


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