01
その日は珍しく、ちゃんとした時間に朝がやってきた。メトロノームが6時間置きに鳴らす鐘の音で目を覚まし、ハチヤはノロノロと上体を起こす。ついでに欠伸をひとつ。
未だ覚醒しない頭を押さえて部屋へと視線を移し、視界に違和感を覚えて動きを止めた。
──…部屋が広い。
若干だが、いつもと違う。
その違和感の正体を探ろうと寝起きの頭を働かせるが、突如として開いた扉の音に遮られる形で、数秒と経たず失敗した。
「ハチヤ!…って、うわっ」
呼び声と共に勢いよく開かれた扉。
その衝撃で扉の脇に積んであった雑誌の山が崩れ、部屋に踏み込んだ人物の進路を派手に塞いだ。
「危ないな〜…。ハチヤってホント片付けられない男だよねー」
聞き慣れない、しかし聞いたことのあるような声を呆れたように発して、やれやれというように長い髪を掻き上げて嘆息する女性。
見知った顔ではない。しかし、どことなく少年のような雰囲気を醸し出す言動には覚えがあった。
「……テン?」
「ご明察」
まさかと思いながらも憶測で口にすれば、それを肯定する返事が帰ってくる。
しかしその事実に驚くよりも先に、いつもより幾分か高い自分の声に驚いて、反射的に喉を押さえる。そのまま自分の身体へと視線を落とす。
まとった服はかなり大きく、身体はいつもより細く見える。袖に完全に隠れてしまっている手を眼前に掲げてみれば、やはり小さい。ついでに背中まであるはずの髪は、結べるか結べないか程度まで短くなっていた。
「小さくなったね、ハチヤ。12・13歳ってとこかなー」
「…道理で頭が軽いワケだ」
「なに、その反応」
小さくなったハチヤと反対に成長したテンは、崩れた雑誌の山を乗り越えてベッドの脇に立つ。
適当に見て20歳くらいだろうか。少し背が伸びて、髪も背中ほどまである。
少し女性らしくなった点以外は然程大きく変わっていないから、改めて見れば間違いなくテンだと言い切れる。それでも、ぱっと見た時にわからなかったのは、
「…スカートとか珍しいな」
普段からズボンしか履かないテンがスカートを履いていたからに他ならない。
いつもと違う服装をハチヤに指摘され、テンは頬をひきつらせる。
「あぁ、これ…。服のサイズが合わないから仕方なく借りた、というか着せられたというか…まぁ、そんな感じ」
不本意なのがありありと伝わる歯切れの悪さに、ハチヤも深くは突っ込まないことにして話を流す。
「…で、何でこんなことになったんだ。セルでも入り込んだのか?」
「みたいだね」
計時機関本部と言ってもただの土地である以上、タイム・セルが侵入する可能性は大いにあり得る。
しかし、よりによって時計屋に影響するなんて、かなり強大なセルだ。
「ま、ただのセルなら場所を特定して回収すればいいだろ」
視覚でしか捉えられない自分と違い、感覚全てで知覚できるテンなら造作もないことだろう。
そうハチヤが見上げれば、テンは呆れたように首を振る。
「そんなの、出来るならとっくにやってるって」
「…わからないのか?」
まさか、と怪訝そうな顔をするハチヤに、テンは表情を曇らせた。
「気配の強さに波があるんだよね…」
その言葉にハチヤも眉をひそめる。
「…ドールか」
原型と違い、ドールは行動が活発だ。離れるように動かれれば当然気配は薄まるし、ドールとなった生体が睡眠に入っても弱くなる。視界に捉えない限り、場所を特定することは難しい。
面倒くさい、と思わず呟いたハチヤにテンも同意するように頷く。
「まぁ、とりあえずは本部に残ってる人間でこれからどうするか話し合い、かな。ハチヤの服…は、そうだな。僕の貸してあげるよ」
待ってて、と部屋を出ていくテンの背中を見送って、ハチヤは枕元に置いてあった雑誌を引き寄せる。
慌ててみても仕方ない。
経験上、焦燥は悪い結果しか生み出さないことをよく知っている。
テンが服を揃えて戻るまで、少なくとも3分はあるだろう。それまで、ハチヤはいつも通りに活字を追うことにした。
2012/02/01
制作:名月魚々