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「ちょ…テン、そっち行った!」「捕まえて、エルヴィっ」
シセイの腕から逃げ出し、残る三人の手をもすり抜けた白い子猫。最初こそ真っ直ぐ向かって来ていたが、大人が一ヶ所に複数人も突っ立っているのだ。そのまま突っ込んで来るはずがない。
加えて、捕まえろと言われたところで、本気で駆ける動物の足に人間が付いていけるはずもなかった。
「…やれやれ」
そんな嘆息と共に、己れを抱き抱えていたウィリアムの腕からするりと抜け出したユークリッド。軽やかに床へと着地すると、子猫を追って駆け出す。リーチの差か、あっという間に距離を詰め、右側から子猫の行く手を阻むように回り込んだ。
自分より大きな猫に道を塞がれて、子猫は反射的に左へと逸れる。方向転換をしたその先には、既に人影が待ち構えていた。
「はい、捕まえたー」
広げられたテンの腕に自ら飛び込む形となった子猫。再び暴れようにも、テンの手が首の後ろの皮をしっかり掴んで、動きを制限している。
「テンちゃんすごーい」
大人しくなった子猫に、駆け寄ってきたミレイユが目を輝かせる。
「猫って首の皮を掴まれると動けないんだよ。ねー、シセイ?」
「悪かったな知らなくて!つーか、近い…!」
一度捕まえた対象を逃がした腹いせか、シセイの顔に子猫の顔を押しつけるテン。
子猫自体はふわふわで、押し付けられたところでくすぐったいだけだが、如何せん相手はセルの感染した個体である。鼻の利くシセイにとっては不快以外の何物でもない。腕まで血だらけにしたシセイに対してあんまりな仕打ちだ。
「そんなことより、とっととセルを回収してこいつを…」
「残念ながら、ちょっと遅かったみたいだよ」
解放してやろう──そう続けられるはずだったシセイの言葉は、主語のないテンの言葉に遮られる。
さらりと告げられた事実に、一瞬、ぽかんとする面々。いち早く事態を察したハチヤが苦々しげに呟いた。
「ドール化、か…」
「そんな…」
はっきりと言葉にされて、思わず顔を歪めるミレイユ。その手を隣に立っていたクライドが掴む。
「仕方ないよ、ミレイユ」
「そうそう。回収しないとみんな困っちゃうし」
エルヴィにも頭を撫でられて、ミレイユは悲しそうに俯いた。
「泣かないで、ミレイユ。殺すわけじゃないんだから」
覚めない眠りにつくだけだと、慰めるようにテンは告げる。──ただ、自我も保てないそれは、限りなく『死』に等しいけれど。
何も知らない子猫は小さく、みー、と鳴いた。
2013/03/09
制作:名月魚々