02
ハチヤが目覚めるほんの少し前に目覚めたシセイは、周囲に蔓延している匂いに眉を顰めた。寝転がったまま辺りを見渡し、毛布に顔を埋める。「セルが本部内を歩き、回った……?」
厄介だな、と思いながら発した自分の声。その予想外の高さに、閉じかけていた瞼は上がる。
「あー、あー、あー?」
試しに出した声は、その高さを維持したまま。首を傾げながら起き上がり……頭の重さと視界を横切った髪の長さに思考を停止。
ぶんぶんと頭を振った時に髪が己の頬を叩く痛みをぼんやりと感じ、これが夢ではないことを悟る。
「いやいや、落ち着け自分。頭が重いのはセルのせい、髪が伸びたのは医療課の悪戯、声の高さは勘違い!」
いやー、すっきりしたー!
そう言ってぐっと伸ばした腕は、すっぽりと衣服の中に隠れてしまっていて。
唖然として袖の中の手を握ったり開いたりしていると、部屋の扉が叩かれた。
「シセイ、入るぞ」
「待て! 今の俺は黒歴史!」
「知るか」
問答無用と扉を開けたルイスは、ベッドの上にいるシセイを少しの間見つめる。その背後にいたウィリアムも、絶句。沈黙に耐えきれなくなったシセイが口を開いた瞬間──ルイスは無言で扉を閉めた。
「ちょ、何だよそへぶっ!?」
扉に駆け寄ろうと走り出し、ズボンの裾を踏みつけて転倒。ビタン! と古典的な擬音が相応しいくらいの、素晴らしいこけっぷりだった。
「うー」
「はいはい、痛かったですねー」
「触んなバカ!」
「シセイ、動くな」
赤くなったシセイの額をウィリアムが冷やし、長く伸びた髪をルイスが括る。今の二人は、ぱっと見た感じは大きな変化は無いように思える。が、ウィリアムは29歳頃の兄に雰囲気が似ているような気がするとの評価を受けたし、ルイスは本人曰く22歳頃の姿になった。二人で年齢を入れ替えた形となる。
「ほら、できた」
「尻尾……」
先を顔の前に運び、毛先を観察。枝毛を発見。
「シセイ、何歳だ?」
「19歳」
「この状況で実年齢を答えるバカがいるとは思いませんでした」
無言で睨み合う……のだが、なにしろシセイが幼すぎる。迫力があるはずも無く、相手がシセイでなければウィリアムは素直に「可愛い」と評している。
一瞬の視線の揺れから、何となくその思いを感じ取ったのだろう。シセイは舌打ちを一つ。
「7歳、だと思う。ルイスに会う直前が、このくらいの長さ」
「ああ、道理で。見たことのない長さだと思った」
正面に回り込んだルイスは、珍しそうにシセイの髪を触る。ウィリアムも、手を伸ばしては膝の上へ戻すことを繰り返していて。
「……触りたいんなら触れよ」
「え……? あ、じゃあ、失礼します」
やけに素直に応じたウィリアムはゆっくりと手を伸ばし、そっと触れた。
シセイの、頬に。
むにっとされた瞬間、メトロノームが鐘を鳴らした。
「さて、この騒動の原因は?」
「……セルじゃねぇの? いい加減止めろよ」
「嫌です。一般人よりも影響を受けた時計屋に言われたくありません」
ウィリアムはプラス6歳。
ルイスはマイナス7歳。
シセイは、マイナス12歳。
「うっせぇ! 昨日セルのせいで倒れてんだから仕方ねぇだろ!」
何が仕方ないのかはさておき、いつもの調子で噛みついたところで現在の姿は子犬。ぶかぶかの服の上から毛布を体に巻き付けた状態とくれば、何となくいじりたくなるもの。
ルイスまでもが、シセイの頬をつつきだした。
くしゅんっ。
寒くなったのか、頭から毛布を被ってしまったシセイ。ルイスがそのまま彼を抱えてウィリアムに渡すと、ウィリアムは目に見えて狼狽えて。
「私は子供服を探してくるから、他の時計屋と合流しといてくれ」
返事も待たずに行ってしまったルイス。
抱えている人間に不満があるものの、動けずに唸りだしたシセイ。
(誰かに、押し付けましょうか)
突然歩き出されたことに驚いたのか、毛布越しにシセイがウィリアムにしがみつく。どこか暖かなその温もりに頬を緩めながら、ウィリアムは「子犬」の引き取り手を探し始めた。
2012/02/05
制作:雲房十時さま