とある逃走劇
走る、走る、走る。背後を確認し、追っ手が来ていないことを確認。僅かに減速してしまったことに気付き、舌打ちを一つ。加速して──転んだ。
「いってぇ」
「みんなー! シセイ捕まえたよー!」
強くぶつけた額に手を当てるが、血は付かない。ざっと確認した限りでは、服に破れた箇所もない。強いて言うなら、最も傷ついたのは自身の心。足に絡まる縄が忌々しい。
体格差から、本気で抵抗すれば逃げられることくらいは分かっている。ただでさえ近隣では名の知れ渡るやんちゃ坊主だったのが、最近はちゃんとした戦闘訓練を受けているのだ。子供相手に後れをとるようでは、冗談抜きで師匠に撃たれるだろう。それでもされるがままなのは、彼らに会ったのが久しぶりだからなのかもしれない。
取り敢えず、シセイは馬乗りになっている少年の脇腹に手を伸ばすと、一気に擽った。
「足元に縄を張るとか、誰の提案だ? ほら、さっさと言わねーと擽り続けるからな」
おらおらー、と調子に乗ったのが悪かったのだろう。自分は寝転がり、上には子供一人。そんな逃げられない状況の中、シセイの頭には素晴らしいコントロールで石の集中砲火が浴びせられた。
シセイが生まれ育ったスラム街へ来たのは、ただ単に給料日だったからだ。
金があることに越したことはないが、金のまま保持しているよりは物品に変えてスラム街で配った方が良いに決まっている。
それが、シセイの持論である。金があれば嬉しいが、所詮は硬貨と紙切れだ。さっさと実用的な物と交換した方が皆のためになる。そして何より、自分の精神に対する負荷がいくらかましになる。大金が手元にある、というだけでかなり緊張するのだ。
例の如く保存食を配り終えたシセイは、そのまま本部に帰る気満々だった。それを妨げたのが、スラム街の子供たち。以下、会話を抜粋しよう。
「シセイー、遊ぼーよ」
「だーめー。俺もさ、こう見えて働いてんの」
「でも、ちょっとくらいいいじゃん」
「だからダメだって。待機命令無視してこっそり来てんだから」
「うわ、シセイってばダメな大人だ」
「俺はまだギリギリ大人じゃねーし」
「子供?」
「おう」
「なら遊ぼーよ。鬼ごっこしよ!」
「だから遊ばねえ! いい加減はなせ」
「……シセイ、負けるの怖いんだ」
「は? もっぺん言ってみろ」
「シセイは鬼ごっこで負けるのが怖いんでしょ? だから帰るんでしょ?」
「上等だ! 範囲はこのスラム街、お前ら全員が鬼で俺はB区域まで逃げ切れたら勝ちな」
そして、冒頭に戻る。
その場にいた子供全員を擽り終えたシセイは、立ち上がった拍子にクラック・クロックを落とし──青ざめた。装飾を綺麗だと眺める子供たちからそれを奪い取り、慌てて走り出す。
(ハチヤ! 何かあったら誤魔化しといてくれ!)
誰にもバレていないことを祈りながら、シセイは本日最高の走りを見せたのだった。
2011/11/16
制作:雲房十時さま