生憎と幸いと
「これは…少し困った事になりましたね」やれやれ、と言った風に、赤の長髪をなびかせたイルは、ため息をついて目を覆った。廃墟に、オレンジ色の夕陽が差し込んでくる。
「具合悪い。まじ無理。ありえねぇ」
鼻を摘みながら、脱力してしゃがみこんだのは、シセイ。しゃがみこんだ事により、遠くなったイルの両目を睨みつけるために、思いっきり上を見上げた。
「嫌な予感はしたんだ!でもあんたがそんな気配はしないっつーから!」
恨めしそうに下から睨みつけるシセイ。しかし鼻を摘んだまま、あまりの臭いによる生理的な涙をうっすらうかべてしまったその顔に、他人を怯ませるほどの威力はなく。それでも多少の罪悪感を抱かせるには十分で、イルはシセイから視線を逸らし、現状を確認する。廃墟に漂う、無数のセル。
異変の噂を聞き、共に近くに居たシセイと駆けつけた先で最初に見つけたのは、少数のセル。ひとつひとつは力が弱いようだが、何故か回収行為から逃げようとしない。すぐさま尋常じゃないスピードで逃げ去るセルにしてはおかしいと思いつつ、さっさとそれを回収してしまおうと近づいたところ、少しずつ少しずつ、おびき出されてしまったこの廃墟には、無数のセル…
「確かに、間違いなく気配はしませんでしたよ。最初はね」
そう、このセル達は、自らの気配を一瞬でも消し去る事ができるらしい。一度視認してしまえばもはや気配は消えないが、今まで感知していなかったセルを、突然大量に感知。その無数の気配の気持ち悪さに、イルは必死で耐えている。そろそろ、立っているのがきつい。
「無理、まじ、酔った。この臭いの中よく立ってられるな」
全ての感覚備えてるんだよな?呟くと、シセイは平然と立っているように振る舞うイルを、粗を探すように上から下までジロリと見る。
「生憎と鼻は良く利かないんです。いえ、貴方の様子を見れば“幸い”にも、でしょうか」
まったくな、そう言って舌打ちしたシセイは、鉛でもぶら下がっているのかというほどゆっくり立ち上がり、なんとか体勢を保つと、で?とイルに尋ねる。
「数は」
「数えたくありませんね。貴方こそ、このうじゃうじゃが確認できないとは羨ましいです」
「ぼやっとしかな。“幸い”視るのは苦手なんで」
ニヤリと笑ってみせるシセイに、イルも応じる。
「上等じゃないですか。まあ、このセルは僕らに影響を及ぼす力は無さそうですし。多勢に無勢と言えども、敵じゃないでしょう」
「オーケー。俺らの体調がこれ以上悪くなるまえに、さっさと狩りまくるか」
実はあんたも相当キテるだろ?と励ますように、ポンとイルの肩に手を置く、が。それだけの衝撃でイルは簡単に地面に崩れた。地面に膝をついた形になったイルが、不覚だとでも言うように吐息を漏らす。セルの発する音やら気配やらに必死で耐えていたバランスは、外部からの急な衝撃で、あっさりと崩れ去ったのだ。
「確信犯、で良いんですよね?」
「さて、何の事やら?」
素知らぬ顔で鼻を押さえたシセイ。立ち上がったシセイ、膝をついたイル。今度はイルが恨めしそうにシセイを見上げる番だった。
どちらからともなく背中合わせに立った2人は、クラック・クロックを掲げる。
「一応、応援要請はしてたんだよな?」
「近接戦者を頼んでおきました。恐らく実行課タイマーや、テンあたりが来てくれるでしょう。まあ、こんな事態だと思ってないでしょうし、のんびりかもしれませんが」
テンが気配を察してくれている事を祈ります。そう締めくくると、気を引き締める。
「じゃ、一旦退くまでもねーか。行きますかっと!」
言うが早いか、シセイが駆ける。さっきまでダレていた人物とは思えない俊敏さに、若さですね、と苦笑するイルも、次の瞬間には走り出す。
応援到着まで、あと何分?
...end...
2012/02/23
制作:卯月真雛さま