割れたカップが縮めた距離
ガシャンっ。「あらあらあら、すみませんっ嫌ですわもう」
力加減を間違えて、割ってしまったカップ。また、怖がられてしまう。ありえないと。皆、私から離れていってしまう。
「すぐ片付けますわ」
言って、拾い上げたカップの欠片。慌てていたためか、そのカップの欠片までも、砕いてしまう。またやってしまった。もういい加減嫌になる。
「ねぇ」
声をかけられて、びくりと肩を震わせる。やってしまった。カップの欠片まで砕くなんていくらなんでもありえない。
「手は大丈夫なの?」
「……え?」
「あーあ、ほら、血が出てる。切っちゃってるよ。大丈夫?」
そう言って、その子は私の手を取った。予想もしていなかった暖かい言葉。暖かい手。皆が怖がって、誰も触ってはくれなかった私の手。それを、いとも簡単に、握ってくれた。
びっくりして、強く握り返しそうになった手を慌てて離す。
「す、すみません……」
「別に? カップなんてまた買えば良いんだから。それより、キミの手の方が大事でしょ?」
ね? 中性的な顔に笑みを浮かべて。言ってくれたのは、優しい言葉。
「怖くないんですの……? この手は、いろんな物を壊して、砕いてきましたわ」
その子は、一瞬きょとんとした表情を作ると、でも、すぐににっこり笑ってこう言った。
「綺麗な手だよ」
じわりと、瞳に浮かんだ涙に気づかれないように。カップの欠片を捨てに行くからと、後ろを向く。
次の瞬間、こぼれおちた涙。
ああ、此処でなら頑張れる。
初めてそう思えた。
頬に落ちた涙を拭って、前を向く。何があっても、どうなっても。此処で、頑張っていこう。
それは、私ミーティスが時計屋になりたての頃。10時の時計屋テンちゃんと、知り合ったばかりの頃の出来事。
どこか人と距離を置いていた私が、一歩だけ、前へ踏み出した日。
……end……
2013/02/11
制作:卯月真雛さま