古典的事件の顛末
基本的には露出度の高い服装でいることが多いファスティだが、寒いときは寒い。そのため、冬場は真紅のコートを着用しての外出となる。もっとも、それを脱ぐといつもの薄着という、非常に極端な格好なのだが。さて、ふらりと町に出て歩き回っていたファスティは、露店で温かなココアが売られているのを発見する。迷わず購入し、ゆっくりと飲みながら散策を続けていた。
ところが、事件は曲がり角で起こった。
反対側から歩いてきた人と正面衝突するという、古典的な事件。ここで重要なのはファスティのココアがまだ残っていたことで、不運だったのは相手もコーヒーを飲みながら歩いていたこと。
結論を言えば、二種類の飲み物がコートにかかった。
(私の、コート)
相手も同様の状態なのだが、それよりも自分。元は熱かったであろう飲み物だが、冷めていたために火傷の心配はない。
呆然と空になったカップを見つめていたファスティが、相手に平手打ちをして即座に踵を返したのは自然な流れだった。
が、少し歩いたところで腕を掴まれる。
「放しなさい。何か用で、も?」
「ファスティさん、ごめんなさい!」
振り返って犯人を確認すると、それは同じ文字盤の一人であるエドウィンだった。黒く染まったコートを着て、頬に手形を付けた。
「……世間って、随分と狭いのね」
「本当にすみません。僕がもっと注意していれば……」
ひたすら謝り続けるエドウィンを鬱陶しく思いつつ、ファスティは彼を現在の拠点まで連れ帰ったのだった。
部屋へ入るなり、エドウィンは暖炉へ向かう。勝手に薪を整える、その内の一本に着火。すぐに、全ての薪の同じ部分に火が付いた。
「時間の同調って、本当に便利よね」
ファスティは呟きながら、コートを脱いで被害の確認。不思議なことに、犯人が知人だったと分かってしまうと怒りが蘇ってくる。
「……気に入っていたのに」
つかつかと暖炉に歩み寄り、無言でコートを火の中へ。時間を進め、即座に大部分を灰に変えてしまう。火の状態を確認しつつ薪を追加していたエドウィンの方を向き──。
「さあ、話し合いましょうか」
直後、周囲に乾いた音が響いた。
拳による話し合いとなると、エドウィンにとっては信条が大きな壁となる。となれば、ファスティに軍配が上がるのは当然だった。
「……この辺りで許しましょうか」
「是非とも。あー、痛い」
怒りの込められた平手打ち。それは、普通よりも威力が大きい。愛用する鉄扇による攻撃でなかっただけ、マシだろうか。
すっきりとしたらしい勝者は、椅子を暖炉の傍へ引き寄せて座る。エドウィン、床、の順に目を向けたことから正確にその意を汲み取った敗者は、床に座った。火の傍とはいえ、床から伝わる冷気に少し震えながら。因みに、エドウィンのコートもファスティのものと同じ末路を辿らされている。
「エドウィン」
「はい?」
「コートを買ってきなさい。あなたのセンスに任せるわ」
「はーい」
座らせる意味はなかったのではないか、と思いながらもエドウィンは素直に立ち上がる。ようやく直った機嫌を再び損ねるのは、得策ではない。
素直に町へ繰り出してから気付いた。
「ん? 金は僕持ち? てか、寒っ!」
慌てて自分の服とファスティの服の時間を同調させる。基準は勿論、暖炉に当たって暖まっているであろうファスティの服。布地面積の問題から腕や足元は未だに寒いし、どこまで効果が持続するかは分からない。だが、無いよりはマシ。
「……これ、時間の基準を僕の方に……したら多分吸収されるね。うん、やめとこう」
別の意味で震えたエドウィンは、足早に歩き始めた。
2012/02/17
制作:雲房十時さま