最期を迎えるその瞬間まで
その時間、ギードは珍しく市街を歩いていた。今のところ天気は快晴。
その影響もあってか、多くの店がシャッターを開けているB区域の北に位置する商店通りを、少女の歩調に合わせてゆっくり進む。
ギードの少し前を歩く少女──セイディの足取りは不安定だ。何に興味を引かれているのか前ではなく上を向いて歩を進める彼女は、先程から石畳のわずかな段差に何度も足を取られては、転倒こそしないものの大きく身体を傾がせていた。
そして、また。
「セイディ、前を向け」
何度続くかわからないその行為を見かねたギードが声をかければ、セイディは言われるままに顎を引いた。しかし、それでも不安定な足取りが、前を見てはいないことを物語っている。
ギードは面倒くさそうに舌打ちをして少し歩調を早め、揺れるセイディに並ぶ。同じタイミングで段差につまづいたその腕を、咄嗟に掴んで引き戻した。
当のセイディは至ってマイペースで、腕を掴んだギードに何事かと問いかけるように首を傾げる。
「…まったくお前は、」
まっすぐ歩くことも出来ないのか。
文句のひとつでも言ってやろうかと口を開き、言ったところで理解しないだろうと思い直す。言葉を切って、自分を見上げる顔を軽く睨むに留めた。
三秒足らずで視線を外し、目の前で転ばれても迷惑だからとセイディの腕を掴んだまま歩き出す。
それでも躓くような振動を度々感じて視線だけで様子を確認すれば、今度は真横を向いていた。しかし、店を眺めているわけではないだろう。
「…セイディ」
呼べば、振り返る。
自分を見上げるセイディの表情からは、何を考えているのか読み取ることは出来ない。そもそも何も考えていないのかも知れないが。
…一体、誰が想像するだろうか。
まともに歩くことすら儘ならないこの少女に、時間を──広く捉えれば世界を崩壊させる力があるなんて。
『時間の崩壊』とは、死という概念のない自分たちタイム・セルの事実上の死をも意味する。
それをもたらす少女を手懐け、『再構築』という唯一の直接的な対抗能力を持っているからこそ、ギードは文字盤の中心に立っていられる。
その能力さえ無ければ、とうの昔にファスティあたりに中心の座を奪われていてもおかしくはない。身一つで闘えば、モノを風化させることすら出来る能力を持つ彼女の方が断然、有利なのだから。
ギードの持つ『再構築』の能力は、通常の場面では一切役に立つことがない。
再構築という表現からもわかる通り、発現するには時間が崩れていることが前提になる。しかし時間は自然に崩れはしないし、故意に崩せるものでもないのだ。
──引かれるままに付いてくる、隣を歩くこの少女を除けば。
再び上を向いて、ぼんやりと空を眺めながら歩を進めるセイディ。
彼女が本気で崩壊を望めば、世界どころか自分たちもどうなるかわからない。
自分たちだけなら、能力によっては一時的に崩壊を免れることも可能だろう。自分の時間を異次元に飛ばすなり、別のモノから奪って補完するなり対応はいくらでも出来る。
それでも時間は有限だ。
やがて訪れる限界を食い止める術は持たないのだ。
「…お前は何処へ向かうんだろうな、セイディ」
そんなギードの呟きに反応して、セイディは再び彼を見上げた。
答えを探すように揺れるセイディの瞳に、何となく零した言葉がしっかり届いていたことに気が付いて、ギードは眉間に皺を寄せる。セイディの視界を遮るように、ずれた帽子を深く被せ直した。
「考えなくていい。別に質問したワケじゃない」
その言葉に何処と無く安堵したように帽子を触るセイディを一瞥して、ギードは前を向く。
急いたって何も変わらない。
どのような形であれ、いつか終わりは来るのだから。
それでも、最期を迎えるその瞬間まで。
「…足掻いてみせるさ」
自嘲気味に呟かれた言葉は、誰にも届くことなく喧騒に溶けた。
...fin
2012/02/19
制作:名月魚々