いつかその運命が来ようとも
その日の夜は、特に快晴だった。空を見上げると一面に宝石箱からばらまいたように瞬く星が下界を優しく見つめているように感じる。
木々は静けさを増し、空気も透明でいて澄んでいて、いつもより気持ちの良い夜だ。
そんな中にひっそりと立つ大きなテントの側。
空を仰ぐように一人、少年が居る。
そこにもう一人、男がふらついた足取りでやってきた。
「やぁやぁ団長、センチメタリックか何かかい?」
「ジャンジャック。またお酒を飲んだのですか?」
「いやいやー、ハーツベリルに『飲み過ぎ』って怒られたから、さすがにちょっと、ねぇ。」
そうへらへらしながら、ジャンジャックは団長エートゥの横に座る。
──そうだ。
ジャンジャックは自らの技術を使いサーカスの客引きもしていた。
しかし、昨日呑み過ぎて二日酔いが酷く、客引きが出来なかった、という。
「ジャンジャックも喉は大切にしないといけませんよ?お酒は程々にしてください。」
と、いつも温和なあのハーツベリルにぷう、と柔らかそうな頬っぺたを膨らませながらぴしりと言われた。「特にジャンジャックは酒を呑むと大声を出します、声帯が傷つきますよ。」との小言も頂いた。
「本当に彼女は声とか歌とかそういう知識はいいですからね。
ではどうして足がそんなにふにゃらふにゃらと?」
エートゥはまた聞く。
「その理由もあきれますよ」と、いつものどこか間の抜けた声で返した。
「リアの動物と遊んでたらライオンに追いかけ回されて。もうくたくたなんだ。」
自分も動物は好きだがさすがに肉食獣に追われたらたまったものじゃないと、薄く笑った。
首筋に抜ける風は足もふらつくような体をひんやり冷やしてくれる。
そう思いながら持っていたリュートを取りだし、おもむろに弦を弾く。その音は空気に染みるように響いた。
そして、一曲弾き出した。
それはとある時代に作り出された夜想曲。
夜想曲は元々、恋人の為に弾くものなので「横が団長じゃなくて可愛い女性なら。」と嘆くと「レイリスなら如何ですか?」とぴしゃりと返された。
ふと思い付いたようにジャンジャックがエートゥに聞く。
「そういえば、ここもあとどれ程滞在するつもりですか?」
彼は「うーん」と唸った後、
「分かりませんねえ。」
という答えが返ってきた。
ジャンジャックは少し眉をぴくりと動かして、一度弦を払うように弾いた。
「そんな曖昧な回答、僕は求めた覚え、ないんですけど。」
「予定は未定ですよ。
なんせ、時間なんて長いですし。」
「でも長い事同じ所にいると、いつか時計屋に感付かれますよ?」
「それは貴方が己の能力で、事前に察知すればいいんでしょう?『自分があとどれくらいの時間、時計屋に気が付かれずに暮らせるか。』とね。」
「それは、そうですけど……。」
自分の能力「己の残り時間を計る」は、結果が「無限」や、能力を使う時使う時に違うというのもまれにある──例えば自分の寿命だったり。
多分エートゥが言っているものもその部類だろう。
「それに。」
エートゥは人指し指を立て、自分の言葉に合わせて横に降った。
「それまで僕達が『生き方』を考えればいいでしょう?
先程言ったようにまだまだ時間はあります。そう、急かす事はありません。」
「団長──……。」
少し困ったように呟き、それから安堵を示すようにふうとため息を出した。
「そう、ですよね。
やっぱり、団長は団長ですね。」
「そうでしょう?
だからこそ僕は団長なんですよ。」
そう言って堪えていた笑い声を二人で吐き出す。
その声は、消えるように響いた。
その後、ジャンジャックは自室へと帰る為に歩いた。
その時に先程の出来事を反芻するように思い出していた。
(やっぱり、団長はいい人だな。
最初はちょっと変かと思ったけれど。)
その時、初めてエートゥに会った時を思い出した。
自分の運命に絶望し、廃れていた自分に変えるチャンスを与えてくれた人物。
(あの時の事を僕は忘れない。)
いつか、「己の残り時間」が全て「0」の時が来ようとも、自分は最期の瞬間まで絶対に忘れやしない。
感謝を、感激を。
与えてくれた全てを、自分は忘れない。
2012/09/24
制作:ゆつむぎさま