掌に、懇願のキス
B区域にある歌劇場。その奥に並ぶ部屋の一室で、苦々しさを含んだ呟きが洩らされる。「…美しくないな」
綺麗な顔に嫌悪の色を浮かべて吐き出したオネットに、エートゥは紙幣を数える手を止めた。自分を眺める彼女の顔を見上げて、首を傾ける。
「そうは言っても、生きていくには多かれ少なかれ必要なものですよ」
「それは自分もわかっているよ、団長」
諭すようなエートゥの言葉に、オネットは素直に首を縦に振った。
「ただね、金銭というものは人の心を醜く歪ませる。いつか団長もそうなりはしないかと、気が気ではないよ」
本気なのか、冗談なのか、淡々と紡がれるオネットの言葉。対するエートゥは、彼女の提議には答えない。
「いいんですよ」
そう、ただ穏やかに微笑んだ。
「オネットは、綺麗なモノだけ見ていて構いません」
当然のように言い切って、再度、紙幣を数え始めるエートゥ。そんな彼を視界に捕らえたまま、オネットは僅かに目を細める。
ヒールを鳴らして近付くと、手元に視線を注ぐエートゥの頬に指を滑らせた。
「他人に手を汚させて、自分だけ美しくあれと?」
紙幣を弾く手を止めず、黙って笑みを深める白い輪郭を顎まで辿る。おとがいに指をかけ、視線を合わせた。
「その考えは、美しくない」
「…そうですか?」
咎めるような視線を至近距離で受け止めて、それでも尚、いつも通りに口角をあげるエートゥ。ようやく紙幣から手を離し、そっとオネットの髪に触れる。
「僕の与えられる精一杯…なんですけどね」
優しい手付きで髪を梳きながら、赤い瞳は何処かぼんやりと世界を映す。
反転した世界の、その奥を見据えるように、オネットは告げた。
「自己犠牲的な考えは好きではないよ」
そして自分の髪を撫でる手を取り、唇を寄せる。オネットから掌へと落とされた接吻に、エートゥは少し悲しそうに微笑んで。
「…覚えておきますよ」
妥協したように頷いた。
...fin
2012/11/20
制作:名月魚々