Crack Clock - NPC
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09

「…さて、と」

 別館に入るなり、他の時計屋と分かれたテンとハチヤ。テンの察知する気配を頼りに進んでいた二人は、現在、書庫の前で足を止めていた。
 扉を見上げるテンに、ハチヤが首を傾げる。

「ここか?」
「さぁ?方向的にはこっちだけど、多少は上下にずれてるかもね」

 ハチヤの問いかけに、テンも首を傾げてみせる。
 絞り込みたいのは山々だが、いかんせんセルの気配が強すぎる。同じ場所に留まってから多少なりとも時間が経過しているのか、空気も心なしか澱んでおり、余計に判別し難い。

「…ま、面倒くさいけど、しらみ潰しに探すしかないでしょ」

 呟くテンは諦めたように首を振り、書庫の扉に手をかける。手前に引けば、軋んだ音をたてて開いた。
 窓がないせいで闇に沈んでいる部屋に足を踏み入れ、壁に手を伸ばすテン。手探りでスイッチを入れれば、簡素ではあるが装飾の施された電飾に明かりが灯った。



 等間隔で並べられた木製の本棚の間をすり抜けて、気配の中心を探す。視認しか出来ないハチヤは少し離れて静観に徹していた。

「…ここじゃなさそうだね」

 一通り室内を歩き回ったテンは、そう結論付ける。気配の中心は二階より上のようだ。
 自室と談話室へ向かった時計屋たちと合流することを決めて、扉へと踵を返す──と、ふいに照明が落ちた。

「…なんだ?」

 訝しげなハチヤの声に、彼の行為によるものではないことを知る。手元すら見えない闇の中、それぞれの位置で警戒するように本棚を背にした二人。

 その時、ざわり、と。

「ハチヤ…!」

 異変を感じたテンが声をあげた瞬間、派手な音が響く。
 咄嗟に音源から離れるように、本棚の裏へと回ったテン。硝子が割れる音に混じって、鈍い音を聞いた。方向や音からして、天井から吊り下げられていた電飾が落ちたのだろう。

「ちょ…ハチヤ?随分いい音したけど、大丈夫?」

 静かになった本棚の向こうの様子を窺うべく、声をかける。
 音こそ派手に響いたが、電飾自体は然程大きなものでもない。例え見えない状態でも、余程運が悪くない限り大怪我はしていないだろう。

「ハチヤ、生きてる?」
「…そんな簡単に死ぬか」
「あ、よかった」

 じっとしていても仕方ない。声と気配を頼りにハチヤの元へと足を進めれば、床に散乱しているのであろう硝子が靴底でぱきりと音をたてる。
 足元に注意を払いながらハチヤを探し、肩を掴んだ。空気が動いた拍子に鉄のような臭いを感じて、テンは顔をしかめる。同時に、部屋に光が差し込んだ。

「どうした!?」

 扉の開け放たれる音と一緒に聞こえたのは、ルイスの声。電飾の落ちた音を聞いて、様子を見に来たのだろう。
 多少明るくなった室内を改めて見回せば、思ったよりもすごい有り様だった。
 まず目に映るのは、床でひしゃげている電飾。次いで、散乱した硝子片。最後に手元のハチヤの姿に視線を移せば。

「う、わぁ…」

 予想通り、見事に血まみれだった。
 落下した電飾に頭をぶつけた衝撃で、こめかみ辺りを切ったらしい。傷を押さえる袖口が真っ赤に染まっている。

「大丈夫か、二人共…」

 扉を固定して部屋に入ってきたルイスも、顔の半分を赤く染め上げたハチヤを見て思わず黙った。

「ハチヤ、大丈夫?」
「…大丈夫なわけあるか」
「だよねー」

 敢えて訊ねたテンは、案の定、不服そうに顔をしかめるハチヤの手をどかし、傷口を確認。
 出血が酷いのは部位の問題で、傷自体は大きくない。少しの間、押さえていれば出血も止まるだろう。
 取り出したハンカチをテンがルイスに手渡せば、受け取ったルイスはそれをハチヤの傷に当て、慣れた手付きで頭を固定し強めに圧迫する。

「ルイス、痛い…」
「我儘言うな」

 相変わらずだるそうに苦痛を訴えるハチヤと、それを叱責するルイスを横目に、テンは落ちた電飾へと向かった。
 足元に転がる本体を確認すれば、根元の金属部分が腐蝕していた。弱った金属が重みに耐えきれずに千切れたのだろう。

「一部の空間時間を進めたか、空気中の特定物質の対流を止めたか…」

 あるいは両方だろうか。
 兎角、並みより厄介なことには違いない。嘗めてかかればハチヤ以上に痛い目をみそうだ。
 少し目を閉じ、意識を集中する。やはり気配の中心は上方だ。

「ルイス。先に追いかけるから、ハチヤをお願い」
「構わないが…」

 ハチヤの止血を続けるルイスに声をかければ、神妙な面持ちで告げられる。

「一人で追うのは危険だと思う」

 その尤もな忠告に、テンは思案する。
 まず考えるのは、小さくなった面々の安全性。クライドは片割れであるエルヴィが普段とそれほど変わらないし、ミレイユにはリミルトが付いてるから大丈夫だろう。問題はシセイだ。
 ルイスがここに居るということは、小さな彼と一緒に居るのは情報課であるウィリアムのみ。いざドールと対峙することになれば、最も不利な組み合わせだろう。

「じゃあ、とりあえずシセイと合流することにする。…小さいシセイなんて可愛いだけだしねー」
「確かにな」

 テンの素直な呟きに、苦笑いするルイス。そんな彼女に肩をすくめて、テンは書庫の扉をくぐる。
 ほんの少し動いたセルの気配に、即座に二階へと駆け出した。



2012/05/28
制作:名月魚々

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