フニャフニャの瞳子

※百合作品


 いつも珈琲ばかり飲んでいる瞳子が、今日は会社の飲み会でお酒を飲んで来ると言っていた。お酒を飲んだ後の瞳子の姿を一度も見たことがなかった誉は、その好奇心から、彼女がどんな風に酔うのだろうと半ばそわそわしていた。

 誉は部屋の時計を見上げる。今の時間は、十時十分。そろそろ帰ってくる頃だろうか。

「よっし、今の間にやることやっときますか」

 誉はさっと立ち上がると、腕を数回回して景気をつける。向かった先はお風呂場。お酒を飲んだ瞳子は入れないかもしれないので、お湯だけ再度沸かしておく。帰ってから温かい濡れ布巾で体を拭いてもらえればそれもいいし、自分が拭いてもいい……なんて思っていた。
 瞳子は小食だ。飲み会でたくさん食べて来るだろうから、温かいお茶の用意もしておこう。黒豆茶がいいかな、でもやっぱりコーヒーがいい。なんて、瞳子は言うだろうな。
 誉は自分を頼ってくる彼女の顔を思い浮かべて、微笑みを零した。

 おっと、ニヤニヤしている場合じゃない。そう思って頭を左右に振ったその時、車がマンションの下に止まった音がした。誉は訝し気に窓の外へと歩み寄る。
 おかしい。瞳子は車で通勤をしていない。だから、車で帰って来るのはありえないのだ。そしてこのマンションはお年寄りか子供連れの家族ばかりで、夜十時を越えて帰宅する人はいない。ともすれば、今、マンションの下にいる人は……。

 ――バン!

 誉は部屋を飛び出して、ばたばたと三階の階段を駆け下りる。一段ずつなんてまどろっこしい降り方はしない。一階までたどり着いた時、駐車場に黒い車が見えた。誉が今までに見たことがない、フニャフニャに酔っぱらった瞳子と、見知らぬ男の姿が。

 瞳子が帰って来るまでに読んでいた漫画。キャラクターに怒りマークが浮かぶシーンがあった。あれと同様なマークが、今、自分の額にも浮かんでいるんだろうなと誉はどこか冷静な頭でそう思った。

 大丈夫ですか、瞳子さん。と、その男が瞳子に話しかけているのがわかる。着易く人の彼女の名前を呼んでんじゃねぇぞ。

 誉はずかずかと早足で二人に近づいていく。男がこちらに気づいたかと思うと、誉は力強く瞳子を抱き上げた。まるで、目の前の男から奪い取るように。

「え、あの……君は?」

 男はたじろぐように瞳子と誉を見比べながら言った。誉はしばらく男の様子を観察していたが、無だった表情をにっこりと笑顔に変えて。

「櫻井瞳子の家族です。瞳子を家まで届けてくださりありがとうございます。部屋までは自分が連れ帰りますので、どうぞこのままお帰り下さい。ありがとうございました」

 一寸の隙もない言葉に、男は何か言いたげに口を開閉した。見た目は男と変わらない誉だって知っている。どうせ、素面の瞳子ではつけいる隙がないから、酒に酔わせて家まで送ってきた魂胆だろう。あわよくば、部屋まで押し入ろうとしたに違いない。

 ――だぁれがそんな事させるかッての。

 誉はそのまま男に踵を返し、マンションのエレベーターへと向かった。エレベーターの中、腕を背負われ下を向く、酔っぱらった瞳子に顔を近づける。もう、大丈夫なんかコレ。片眉を下げて心配そうにため息をついた誉は、そっと耳元で呟いた。

「瞳子さん、しっかりしてくださいよ。じゃないと、いつか食われちゃいますからね」

 そう言いながらも、そんなことは自分がさせない。そう誉は胸の中で笑った。


即興小説トレーニングのお題
お題:フニャフニャの百合 30分

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