真っ暗な部屋の中、一枚のスクリーンが浮かび上がる。
三、ニ、一、の合図で物語が始まった。一匹の黒猫が、死んだ母親を探しに旅に出るストーリーだ。
この話を、僕は何万回と再生させただろう。
このお話だけではない。「船が沈むお話」も、「死んだ恋人が蘇るお話」も、「蜘蛛の力を借りて超越した身体能力を発揮させるお話」も、何度も何度も再生している。
それを毎日飽きもせず観ているのは、イアンとノルという少年だ。イアンは少し太った背の低い男の子で、ノルは痩せっぽちでメガネをかけている。二人とも、映画が幼いころから好きらしい。
それなのに、今はポップコーンをむさぼりながら死んだ目でスクリーンを見つめていた。
犬に追いかけられながら黒猫が逃げる。そのシーンになって、初めてイアンがぼそりと呟いた。
「いいなあ、猫は。外に出られて。なあ、ノル」
そうだなあ、とノルは相槌を打つかと思ったが何も言わない。ただ、むしゃむしゃとポップコーンを食べるだけだ。返事がないことに苛立ったのか、イアンは眉を寄せた。低くなった声で、ノルに尋ねる。
「おい。聞いてるのか」
ノルはポップコーンがなくなったことに気づいて舌打ちした。屑しか残っていない箱をスクリーンに向けて投げると、立ち上がって親指を噛みながらうろうろし始めた。
おい、やめろよ。僕が汚くなっちゃうだろう。誰も掃除しないんだから。
ノルの様子を見たイアンが、爆発したように怒り出した。
「おい! いい加減にしろよ。お前だけが不幸なわけじゃねえんだ。ポップコーンもいつまであるのかわからねえのに、バリバリ無駄に食うんじゃねえ。ノル、今度はお前が取ってこいよ! さもないと……」
そう席から立ち上がったとき、僕――映画館の扉を強く叩く音が聞こえた。とたんに二人は青くなり、恐怖でがたがたと震え上がった。扉の向こうから、かすかに声が聞こえる。
誰だろうか。
ああ、とか。うう、とか。くぐもった獣のような声だ。不思議だ、もうイアンとノルの二人以外は、ついぞ人間は見た事がないっていうのに。
そういえば、今聞こえるこの声は……こないだ、スクリーンに映った、皮膚のただれた化け物と似ているなあ。
ノルは涙を流しながら、すまなかったと謝った。イアンは左右に首を振って、
「もう少し待とうぜ。そのときは、俺も一緒に行ってやるから……」
酷く優しい声で、親友の肩を抱いていた。