自分にはないもの※百合作品
瞳子は顔に表情が出ない。
感情を大きく動かすのが苦手だった。思い切り笑ったり、怒ったり、喜怒哀楽を前面に出すと疲れてしまうのだ。これは子供の頃からずっと同じで、両親にはかなり心配をかけたように思う。
大人になってから困ったのは、鉄の仮面やら氷鉄の女やら、表情が読めないことで怖がられることが多くなった事だ。瞳子自身は別に怖がらせたり脅したりしているつもりはない。ただ口調は淡々としているので、注意したり頼みごとをすると威圧感を与えてしまうらしい。
「今日の櫻井先輩、ずっと怒ってない……?」
給湯室で後輩たちが噂しているのに気づいて、瞳子は息を飲んだ。今日一日を振り返っても、怒った記憶が一ミリもなかったからだ。
そ、そんなに私の顔は怖いのか……。
瞳子は足をよろよろさせながら帰路についた。マンションの扉を開けると、ビーフシチューの香ばしい香りが鼻につく。料理上手な恋人の誉が作ってくれていたところだった。
「瞳子さん、おかえりなさーい! ……って、どうかしたんですか?」
誉は心配そうに彼女の顔を覗き込む。誉はいつも元気だ。見た目は格好いい爽やか男子にしか見えない。愛想もいいので近所のママさんたちにも人気だし、じいさんばあさんたちにも優しいので可愛がられている。彼女に笑顔を向けられれば、向けられた方もにっこりしてしまうほどに。
まあ、そんなところが好きなのだが……。それでも、瞳子は濁った気持ちを抱かずにいられない。
「誉はいいな……」
え? と当の本人が聞き返す。ふてくされた瞳子を見て、何かあったのかなと首を傾げた。
「可愛くて、うらやましい」
「なっ……!?」
誉の顔が見る見るうちに赤くなる。耳まで赤い。何を言ってるんですか!? と大きな声で聴き返した。瞳子はソファにもたれかかり、今日の出来事を誉に話す。
後輩に怒っていると勘違いされたこと。
自分の顔が怖いこと。
誉はいつも感情が表に出てうらやましいと思ったことを。
誉は真っ赤になっていた顔を冷ましながら、瞳子の話に耳を傾ける。瞳子は誉のことをうらやましいと伝えるが、感情が表に出ることは、いい時も悪い時もある。隠し事はできないし、嫌だなと思ったことも顔に出る。瞳子には話したことはなかったが、そのせいでトラブルになることも実はあった。損をすることもある。だから、誉は瞳子の話を否定することはしなかったが、いいとも思えず思案顔になる。じっと瞳子の顔を見つめて、
「自分からしたら、瞳子さんの方が可愛いっすけどね」
「……自分ではとてもそう思えないわ」
そうっすかね。と苦笑する誉は、優しい目をして理由を言った。
「自分は、好きっすよ。普段、クールで弱いところを出さない瞳子さんが、自分にだけ悩みを話してくれるんですもん」
誰彼かまわず愛想を振りまくよりも、ずっといい。
眼鏡越しに笑う誉の表情に、瞳子は頬を赤く染めて俯いた。
ずるい。
そんな風に言われたら、嫉妬もどこかへ飛んでいってしまう。そう思いながら。
即興小説トレーニングのお題
お題:君の嫉妬 制限時間:15分
加筆、修正したものをupしました。
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