この人生は正しいと思っていた。
偉大な父の言う通りに進学を決め、尊敬する母の言う通りに勉強した。普通の女の子が楽しいと思うようなことは全て両親に止められた。学校帰りの美味しいパフェも、陽気なポップスを聞くことも、テレビを見ることさえ。
「人生楽しい?」
眼鏡の端、自分の死角から声をかけられた。
同じクラスの男子、加納満高(かのうみちたか)だった。耳にはいくつものピアスを開け、瞳には外国出身かと思うようなカラーコンタクト。髪は目に痛いほどの金色をしている。服装はいわずもがな、だらしなく着崩していた。
「楽しいって?」
私は言いながら加納から視線を戻して、本を一冊取る。昼休みの図書室は、思ったよりも人が居ない。私のように読書や勉強をするより、外で遊ぶ方がいいらしい。サッカーをしたり、サッカーをする男子と戯れる方が。
それなのに、この加納という男は毎日昼休みになると、私のもとへやってくる。GPSでもつけられているのか、私がどこにいても現れるのだ。最初は彼が目の前に現れるたびに自分から逃げていたが、逃げても逃げても追いかけて来るので最近は諦めてしまった。
「成績が学年一位の御園さんでもわからないんだ?」
加納がへらへらと馬鹿にするような態度で口にして、私は眉を寄せた。御園さんとは私のことだ。成績が一位なのは、私が努力しているからだ。努力した結果だ。だが、それでも私にわからないことがあるのかと、加納は上から言っているのだ。
「じゃあ、あなたにはわかるっていうの? 人生が楽しいか、楽しくないか。楽しいの基準は一般的にどういうことなのか。あなたは人生を心から謳歌しているのか」
半ばイラつくように言葉にすると、加納は涙袋を膨らませて笑った。どうしてこういうだらしのない男たちは、いつもマスクをしているんだ。私は光る窓辺を背景に、真正面から彼を見て言った。
「まだしていないね」
「ほら」
私は鼻で笑って加納をあざけ笑った。ほら見ろと。同じ年齢で、私より頭が悪い癖に、知ったかぶりするんじゃないと。ちゃ、と眼鏡をかけ直して、腕を組んだ私は、彼が距離を詰めていることに気づかなかった。薄く笑った加納が、私の腕を掴んで本棚に張り付ける。
「ちょっと、何するのよ……ッ」
「でも御園さんと一緒なら、とりあえず高校三年間は楽しめる気がしてる。それだけはわかる」
強い力だった。女の私では敵わない、とても強い力で私は彼に口づけをされた。
「――」
頭三秒、フリーズして。私は彼を突き飛ばした。そしてそのまま図書室の入り口まで走り出す。唇を乱暴に擦った。
――信じられない。
足取りも覚束無いまま、顔を真っ赤にして廊下を走った。先生に怒られたのは、いうまでもない。私は、不謹慎ながらも全身の毛穴が泡立つような、今までにない感覚を覚えていた。